2枚のイラストから社会的スキルの認知学習を始めよう。

PALS4S操作パネル(Picture Action Learning System 4 Scenes)

本教材の意味づけ=論文紹介

次の論文は、管理人が特別支援学校を休職して、大学院で研究を行い執筆したものである。

現時点での自分なりの理論であるが、本教材の理論的意味づけ・位置づけを理解する上で参考にしていただければ幸いである。

 

 

 

「子どもが自らの不適切行動に気づく視覚支援教材の研究」

 

第1部 課題研究

 

はじめに
1. 本研究の目的
1.1 語の定義
1.2 自閉症スペクトラムの子どもたちの認知・行動特性
1.3 特性を踏まえた指導方法とは
1.3.1 SSTの成り立ちと指導方法
1.3.2 不適切行動の指導
1.3.3 行動を修正するための個別の指導
1.3.4 本研究の目的
2. 近年の自閉症児の社会適応力を高める教材と指導
2.1 シンボルカード
2.2 ソーシャル・スキル・アルバム
2.3 パワーカード
2.4 ソーシャル・ストーリー・ブック
2.5 「CD−ROM付き グレーゾーンの子どもに対応したソーシャルコミュニケーションづくり 基本のスキル31」
2.6「高機能自閉症・アスペルガー障害・ADHD・LDの子のSSTの進め方」

2.7 各教材比較考察
2.8 社会適応力を伸ばすために求められる視覚支援教材の条件
3. オリジナル教材開発と使用法
3.1 オリジナル教材のモデル
3.2 教材(イラスト)の適切な抽出度
3.3 気づきを促す工夫
3.4 カード教材とタブレット教材の必要性
3.5 学校・家庭・地域で使える教材の整理方法(PALS操作パネル)
3.6 オリジナル教材(PALS)の開発状況とモニター取材
4. 研究成果と課題
4.1教材開発の成果と課題
4.1.1 教材開発の成果
4.1.2 教材開発の課題
4.2 今後の計画(実践と検証)
参考・引用文献

 

 

はじめに
 本研究は、自閉症スペクトラム(以下ASDと記述する)の子どもたちに、ルールやマナーといった社会的通念に基づく行動の意味と求められる正しい行動の仕方を指導する方法について有効と思われるモデルを作成しつつ、考察することを目的にしている。
 本研究では、「社会通念を理解し行動することが苦手な子どもたち(中度知的障害を伴うASDを含む)が、どうすれば自分たちの不適切行動に気づくことができ、どのような具体的な行動修正のプログラムにつなぐことができるのか」という命題の中の「不適切行動に気づく」「主体的に改善のための学習に取り組む」という部分に焦点を当て、先行する研究や教材を調査し、具体的に検討しながら有効と思われる方法を考察していく。
 実際の特別支援学校や福祉サービスなどの現場では、さまざまな不適切行動が見受けられるが、発達段階や障害特性によっては、「なぜ、そうするべきなのか」あるいは「なぜ、そうしてはいけないのか」が児童・生徒にとって理解しにくいことが多い。特にASDの子どもたちにとっては、社会通念に則った振る舞い方はわかりにくい場合が多い。教員や支援者にとって、指導が難しく、指導方法がわからずに悩むのも、ルールやマナーなど、社会・対人関係を含む多様な行動に関する不適切行動である。どのように説明すれば、行動の問題点を子どもが自覚でき、改善につなげられるかが見通せない場合が多く、指導計画を立案することが困難である。
 児童・生徒自身の言語力が低く、自分の気持ちや要求を伝えられないという事情から、教員・支援者が不適切行動の原因を特定することができないという問題もある。日常生活に関わる単語中心の会話なら支障はなくても、自分の気持ちやなにかの理由を説明することを苦手とする子どもが多く、自傷・他害・パニックなどの行動の原因を特定しにくい。
さらに、ルールやマナー、場の状況に合った行動に関しては、経験から学ぶ要素が大きいので、経験を通して社会通念を学ぶことが苦手な子どもたちにとっては、課題として積み残される傾向があり、指導の過程で強化され、強いこだわりとして残ってしまう事例も少なくない。
 このようなこだわり行動の中には、危険であったり、周囲の人たちから奇異な目で見られたり、迷惑になってしまったりするものもある。
 例を挙げると、筆者が担任として関わった生徒(仮称Yと記す)は、「ボタンは全部留まっていなければならない。」と思いこみ、強迫的にシャツのボタンが気になる傾向があった。Yは外出先でも、通りがかりの通行人を指さして「ボタン!」と言って、そばにいる支援者にボタンが気になることを伝え、ずっとその通行人を目で追い、隙があれば走っていって強行に留めようとする。高等部になり、身体も大きくなり、すばやく走れるようになってきて、突発的にボタンに向かうことが制止できない場合も生じる中で、外出すること自体を減らし、腕をつかむなど厳重に監視しなければならなくなった。
 この事例などは、社会的スキルを育て、場面に合った行動を身につけなければ、行動の自由を制限しなくてはならないこと。社会生活を広げ、豊かな経験や発見をすることが困難になることが端的に示されていると言えるだろう。そればかりか、体力が向上し、意思も明確になるという喜ばしい成長が、かえって問題行動の激化をもたらすこととしてマイナス要素に転化しかねない可能性がある。
 Yの例で考えると、彼は記憶力が高く、一定の体力があり、ひらがなやカタカナの読み書きもできた。日常会話も、2語文を中心に3語文も話すことができ、日常生活では指示もほとんど理解できた。そのような高い発達の部分があったが、重度クラスに在籍していたのは、こだわり行動が多く、社会的スキルが低いためであった。
 Yのような生徒に、場面にふさわしい行動の仕方をどのように教えればいいのかという問題意識が、この研究の出発点である。ASDの子どもたちは、社会通念上、こうするべきだという「暗黙の了解」が弱い場合が多い。実際にどこまで理解しているのだろうかという分析や見立てについても、日常的な行動観察からだけでは、正確に把握することが難しい。また担当する人間によって大きく分析が変わってしまう問題もあり、このテーマは簡単には解決できず、「個人の様子を観察しながら、とりあえず試行錯誤を繰り返して有効な方法を探す」というパターンが主流であった。
 2番目の事例は中学部の男子(仮称Kと記す)である。Kは、目を離すと給食の残食を漁って食べる癖があった。また、Kは空き教室に侵入しロッカーなどを開けて食べ物を物色し、見つけたら勝手に食べてしまうので、常時教員がついて監視しなければならなかった。Kは、言語力や理解力が高く、興味のある事柄に関しては、積極的に質問できる力があった。    
言語理解の面では、一定場面に応じた言葉を選んで使うことができ、不適切な行動を注意された時にも「ごめんなさい。」と言うことはできるが、行動を改めることができず、何度も繰り返してしまう。この事例でも、自律的に解決できないので、Kの行き先をチェックする必要が生じ、前述したように監視役の教員が一人、常時手を取られることになる。指導体制上も厳しくなり、K自身も自由に行動できなくなってしまう。あってはいけない行動なので、そのような教員の対応が求められるが、自分でコントロールできるようになれば、Kにとっても教員にとっても望ましい。しかし、言葉による指導では、行動を変えるところまではいかなかった。
 3番目の事例として、特定のバス介助職員(スクールバス送迎時に添乗する職員)の女性を、顔を見るとたたくようになってしまった中学部男子(仮称Tと記す)の例がある。Tは、女性職員になついており、独占したい要求があったのだが、同バスに重度の子どもが乗ることになり、職員がそちらにかかりきりになった時に、注意喚起の行動として「たたく」ようになったと分析されている。初めは、そのような動機だったが、次第に形式化して、その職員がいるだけで理由なくたたきに行き喜ぶようになってしまった。中学になって次第にこだわりが強くなり、思い立つと急に教室から走り出して、その職員がいる離れた場所まで行ってたたこうとするようになってきた。
 Tの事例では、たたくという行為がこだわりになっているので、確実に指導して止めなければならない。しかし、「注意する=注目してもらえる」という認識があるため、Tはさらに興奮し、より過激にたたくようになり、指導に入った教員も攻撃するようになる。
 このような場合、説得しても効果がなく、しかも絶対に許してはならない行為なので、強権発動して引っ張っていくことになる。しつこくふりほどいて突進しようとする場合は押さえつけて収まるまでクールダウンさせなければならない。

 説得が通じない時、Tはどのような理解の仕方をしているのか。どのような対応をすれば矛盾が少なく、スムーズにTの行動を変えられるのかと思い悩む。いつまで、Tと引っ張り合いをしていなければならないのか。もっと主体的に学ばせる方法はないのか。発達段階の問題で、認知学習的なアプローチは無理なのか。
 さまざまな疑問がある中で、筆者は、子ども自身に「自分の行為が不適切だ」と気づかせる必要があり、自分で正しい行動を選び取っていく力を育てることが最も重要だと考えた。引っ張り合いを続けていても展望は生まれない。仮に圧力をかけて従わせていたとしても、どこかにしわ寄せや矛盾が出ると考えられる。
 解決の糸口を探すうちに、筆者はASDの障害特性として、視覚的情報に強く、話し言葉で指示して理解できない場合でも、写真・絵カード・文字などの視覚的な情報は理解しやすいという優位な特性を知った。実際に試すと、ある場面にふさわしい行動を選ばせる時に、言葉で説明した内容を理解することは困難であるが、イラストなら即時に伝わり、しかも誤解なく正確に伝わるため、これを有効に使えば、自分の不適切行動に気づかせることができるのではないかと考えた。
 不適切な行動に間違った対応をしてしまうとこだわり行動が強化される場合が多く、歪んだ表出が出始め二次障害につながる危険性がある。生徒の理解力と行動特性を十分考慮して対応策を立てなければならない。一方的に周囲の大人が、社会通念に即した行動を押し付けても、好ましい効果は期待できないことが多い。
 つまり、不適切行動を修正させていくためには、問題点に気づき自分から改めていこうとする主体的な動機付けを行うと共に、実際に行動を変えていくための手立てと条件整備が必要になる。本研究は、不適切行動を修正させる指導過程のうちの「気づきと動機付けを生み出す部分」を担う教材開発について、実際に学習モデルを試作しながら考察することを目的としている。同時に、認知学習的なアプローチが成立する条件についても考察する。
本研究の目的を、学習指導要領に照らし合わせて考察する。「特別支援学校 小学部・中学部学習指導要領」1)(平成21年3月告示)には、以下のように記されている。

(前略)小学部において道徳教育を進めるに当たっては、教師と児童及び児童相互の人間関係を深めるとともに、児童が自己の生き方についての考えを深め、家庭や地域社会との連携を図りながら、集団宿泊活動やボランティア活動、自然体験活動などの豊かな体験を通して児童の内面に根ざした道徳性の育成が図られるよう配慮しなければならない。その際、特に児童が基本的な生活習慣、社会生活上のきまりを身に付け、善悪を判断し、人間としてしてはならないことをしないようにすることなどに配慮しなければならない。

 

 「特別支援学校学習指導要領解説 自立活動編」2)には、次のように記されている。

 

自立活動の内容は、人間としての基本的な行動を遂行するために必要な要素と、障害による学習上又は生活上の困難を改善・克服するために必要な要素で構成しており、それらの代表的な要素である26項目を「健康の保持」、「心理的な安定」、「人間関係の形成」、「身体の動き」及び「コミュニケーション」の六つの区分に分類・整理したものである。自立活動の内容は、六つの区分の下に、それぞれ3〜5の項目を示している。(後略)

 

 「特別支援学校学習指導要領解説 自立活動編」では、26の項目について、@〜Bの解説が設けられている。その構成と留意点については「第6章 自立活動の内容」に示されている。学習指導要領を場面にふさわしい行動の学習という観点で読んでいくと、道徳教育と生活(教科)の指導に関連する部分があるが比較的少なく、関連する内容の大部分は自立活動に関連することが明らかになった。自立活動は、教科や活動の領域に関わらず、あらゆる領域で行われるものであるから、筆者の考える不適切行動の対応に合致している。また、1つずつの項目が示す課題を単独のものと考えず、他の課題と関連付けながら指導することや、その子どもの発達段階と必要性の高い問題を考慮して、指導計画を立てる点など、後述する研究内容と通じている。本研究は、このように学指導要領の自立活動に関連する部分に則り、実践的に深める立場で取り組む。
 本研究に関連する障害理解をめぐる問題として、2013年に、アメリカ精神医学学会の診断基準であるDSM−5が出版されるという動きがあり、19年ぶりにASDの定義についても更新された。(用語が変更されたが、本研究にはほぼ影響しない。)
本研究は、診断名がつくかどうかに関わらず、ルールやマナーなどの社会的スキルに弱さのある広範な子どもを対象としているが、根底にはASDの子どもたちを想定している。ASDの規定は若干変わったが、2014年の6月にDSM−5の日本語版が出たばかりなので、医療的にも研究としても用語が混乱している状況もあり、本研究に直接影響がないことから、混乱を避ける意味で本研究ではDSM−4に準じ、自閉症スペクトラム=ASDとして表記し、論を進めるものとする。

 

1. 本研究の目的
 本章では、自閉症の障害特性を、出版物や先行研究から抽出し、自閉症児の社会適応力を伸ばす指導方法について、「SST」「不適切指導」という2つのキーワードから考察し、その違いを分析するとともに、本研究の目的と構想を明らかにする。

 

1.1 語の定義
 本研究は、基本的には「ルールやマナー、社会通念の意味がわかりにくく、状況に応じた行動をとるのが苦手な子どもたち」を対象とした教材や学習プランの条件を考察し、開発・検証するが、根底には自閉症スペクトラムなどの発達障害を持つ子どもたちを対象として考えている。したがって、はじめに、重要な語の定義をする必要があると考え、関連性の高い語を文献から引用し定義する。定義の内容が、より簡潔で平易な表現になっている文献を複数資料の中から選出し引用しているので、出典が複数になるが、本研究を補足する上で有効だと思われる定義を選んで引用することとする。
 (1)精神遅滞(MR)・知的障害 3)

知能および適応技能またはそのいずれかにおける全般的な障害のこと。精神遅滞(MR)はほとんどの場合18歳以前に生じ、知的機能と適応行動がともに著しく限られ、それが概念、社会性、実技面での適応技能に表れることが、特徴の障害として定義される(American Association on Mental Retardation,2002)。知能は標準化された知能検査で測定され、MRの診断基準は平均値(100)より2標準偏差(SD=15ポイント)以下である。測定誤差を考慮に入れると、MRのカットオフはIQ65―75あたりになる。アメリカ精神医学会(2000)はMRを重症度によってさらに4つに分け、軽度(IQ50−55から約70まで)、中等度(IQ35−40から50−55)、重度(IQ20−25から35−40)、最重度(IQ20−25以下)としている。知的障害は、次の三要件で定義される障害である。

 
 (2)自閉症(自閉性障害):Autistic disorder 3)

 発達障害の一種であり、コミュニケーションや社会関係の顕著な障害、および、異常な感覚反応や反復行動、日課や同一性へのこだわりなどの特異的な行動を特徴とする。自閉症は生後18−36か月の間に明らかになるが、5歳になるまで正式に診断されないこともある。診断は医学的、形態的、遺伝的標識ではなく、むしろ行動が根拠になる。自閉症は、レオ・カナー(Leo Kanner,1943)が最初に発見して小児統合失調症(およびその他の障害)から鑑別し、社会的無関心や回避が見られることから「autism」(「自身で」を意味する、ギリシャ語の「autos」に由来)と命名した。(中略)主な治療法には、集中的な応用行動分析(ABA)、教室での行動プログラム、社会的発達理論に基づく方法などがある。(Marcus,Garfinkle,& Wolery,2001)。分類や診断を目的とする自閉症の正式な定義は、数種類が参照可能である(例えば、アメリカ精神医学会[2000]、世界保健機構[1992])。

 

 (3)自閉症の診断基準 4)

自閉症では次のような3つの中核症状が共通して見られる。@対人的相互反応の質的障害、Aコミュニケーションの質的障害、B行動・興味・活動の限定された反復的で常同的な様式。また、これらの主症状の1つ以上は3歳以前に出現する。

 

 (4)自閉症スペクトラム:Autistic Spectrum Disorder(s)、 略称:ASD 5)

 人間関係をうまく作れない、人間関係がよく分からないという自閉的な障害には、障害の連続性があります。自閉症の研究が進む中で、1980年代になると、典型的な自閉症以外にも自閉症によく似た障害を持っているグループが存在することが分かってきました。そこで、自閉症を、重度の知的障害を伴うものから知的に障害のないものまで、連続体として捉えよう という考え方が出てきました。これが「自閉症スペクトラム(自閉症連続体)」です。
 
 

図1    自閉的な障害の連続性

 (5)軽度発達障害 6)

 軽度発達障害という用語は、LDやADHDなどを代表とする、発達に何らかの障害が認められ、さまざまな学習や行動上の困難をもつ子どもたちを広く意味する言葉です。21世紀とともに特殊教育から特別支援教育に転換がはかられるなか、LD,ADHD、高機能自閉症などへの教育的対応が広く検討されるようになりましたが、それらを総称するかたちで「軽度発達障害」という用語が使われたのがきっかけです。やがて高機能自閉症と近接する障害であるアスペルガー症候群の両者を高機能PDD(広範性発達障害)として、まとめて表記する例も見られるようになりました。

 

 (6)行動療法 3)

行動療法とは心理療法の一種で、1950年代になって、学習に関する基礎研究から導き出された理論を、不適切行動の修正や不適応状態の緩和に適用する試みが盛んになりさまざまな技法が考案されたが、このような技法を総称して行動療法と呼ぶようになった。ここでの学習とは経験によって生じる比較的永続的な変化をいう。行動療法は応用行動分析よりも臨床的な側面がより強く、問題や悩みをもつ人に専門的な知識や技術をもった人が支援を行う。行動療法における治療の対象は、不適応行動や不適応状態とし、その修正や緩和を目的としている。(後略)

 以上、本研究と関連する語の定義とする。

 

1.2 自閉症スペクトラムの子どもたちの認知・行動特性
 尾崎らは自閉的な障害の特徴を次の4点にまとめている。 7)

1.コミュニケーションがうまくできない
 ことばがたくさん出ていることと、意思の疎通ができること、すなわちコミュニケーションができていることとは別のことです。(略)会話において、相手とかみ合ったやり取りができなかったり、かみ合ったやり取りが続かなかったりします。人との関係が、自分の考えや気持ちによる一方的なものになりやすく、相手の波長に合わせるのが難しいのです。
 2.社会性の発達に障害がある
  私たちは、常識と言われるものや社会のルールを共有していますが、そのような常識、社会のルールを守るといういわゆる社会性が欠如しています。このことは、相手や周囲の状況が見えず、ただひたすら自分自身の心に素直で正直なだけなのです。本人に悪意はありません。
  3.興味や関心がひどく限定されている
こだわりがあります。一度、ある物(事柄)が気に入る、あるいは気になると、注意がそこに引きつけられてしまい、そこから離れにくいのです。したがって、時と場合に応じて柔軟に対応できなくなり、『融通が利かない』と言われることが多いのです。
  4.想像力(見えないものを推測する力)が欠如している
  目の前にない、表面上現れていない等、そこにない物事を考えることが困難です。そこにしめされていない事柄に気づくことが難しいのです。人間関係で一番大切なものは、相手の感情を推測する力です。これが欠如しているのです。この想像力の欠如こそが他の特徴の背景をなすものだと考えられています。

 

 また、自閉症の3つの診断基準の1つであるこだわり行動の特徴について、白石は図2と次頁に示す8)の記述でわかりやすく分析している。

「変えない」「やめない」「始めない」というASDの人たちのこだわり行動は、人間関係を阻害し、新しい学習の機会を奪い、社会性やコミュニケーションの発達にも大きな影響を与えます。「発達」そのものに対する阻害要因である、とも言うことができます。8)

 

 尾崎・白石が述べているような特性を持つASDの子どもたちが、集団行動や社会生活、対人関係などの場面で様々な衝突・つまずきを引き起こすであろうことは容易に予測できる。また、ASDの子どもたちの特性を理解すれば、どのような場面で、どのような形で不適応行動が起きやすいかがある程度想像できる。
 それならば、ASDの子どもたちの特性の中で、落ち着いて生活・学習に取り組むために積極的に活かしていけるものはないかという疑問が浮上する。この点について尾崎らの著者から重要な指摘を引用する。「自閉症の世界」の項で、自閉症の人たちがなぜ不安なのかについて重要な記述がある。

なぜ、不安なのか
・周りでおこっていることを理解することができない
・これから先の見通しを立てることができない
・自分の言いたいことを伝えることができない
       ↓
  そこから脱出するイメージができない  

 

 この指摘は非常に重要である。なぜなら、この逆のことをすれば、不安が軽減できるからである。実践につながる分析なので、解決策を示唆する内容になっている。
 さらに自閉症の子どもの特性について、尾崎らはで次の5点にまとめている。7)

1.目でものを学んでいく、2.具体性、規則性のあることが分かりやすい、3.想像しなければ分からないものは理解が難しい、4.少数の特定のものに対してこだわりやすい、5.音や光に敏感である、感覚が私たちとは違う7)

 

 

                                                                                                                            図3 スケジュール提示例
 このように、ASDの人たちは、視覚情報に頼って生活している。画像として見られるものは理解しやすいのであれば、そのような提示の仕方を工夫すれば、きちんとスケジュールや課題の内容が伝わり、不安感が軽減されると推測される。
 写真3のような提示は、多くの教室で使用されている。実際に作業の手順を見て分かるように提示することで、その図を参考にしながら落ち着いて取り組めることが多い。本研究のテーマである「社会通念を踏まえ、その場に合った行動の仕方(解決の仕方)を学ぶ」は、図3の手順表ほどシンプルに提示することはできないが、視覚化して整理することで、一定わかりやすく提示することができる。視覚支援教材を開発し、指導方法を工夫すれば成果が上がるのではないかと予測する根拠は、このような特性の理解に基づいている。
 まとめてみると、ASDの子どもたちは、周囲の状況を把握して、想像力を働かせて状況に応じた対応するという円滑な社会生活を送るために必要な力が不足しており、こだわり行動など状況を変える上ではマイナスに働きやすい特性も持っている。しかし、具体性・規則性を大切にして、目に見える形で支援すれば(視覚的支援)、ASDの子どもたちにも理解しやすく不安も軽減され、落ち着いて課題に取り組めるようになるというプラスのスパイラルが生まれる可能性が高いと言える。

 

1.3 特性を踏まえた指導方法とは
1.3.1 SSTの成り立ちと指導方法
 SST(ソーシャルスキルトレーニング)実践の特徴と成り立ちの経緯について以下にまとめておく。荒木はSSTについて次のような定義している。9)

ソーシャルスキルとは、対人関係をスムーズにするための知識と具体的な技術=「人づきあいのコツ」です。

また、上野らはSSTを次のように定義している。6)

 ソーシャルスキルとは、social skillsの訳語で、「生活技能」「社会的技能」などと訳されることもあります。本書では、ソーシャルスキルを「社会生活や対人関係を営んでいくために、必要とされる技能」と定義します。LDやADHDの子どもは、ソーシャルスキルが身についていなかったり、知らなかったりするために、友だち関係や集団生活で不利を被っています。ソーシャルスキルを具体的に「やり方」や「コツ」として教えることで、子どもたちの生活をより豊かになるように支援するのがソーシャルスキル指導です。

 

 この2つの定義を比較すると、どちらも「社会生活・対人関係」の「技能・技術、コツ」という捉え方になっている。具体的には、@集団行動、Aセルフコントロール、B仲間関係、Cコミュニケーションの4つのスキルを引き上げることを目標としている。「理念ではなく技術である」という規定は、その指導や対応が認知学習から入るのではなく、行動療法的なアプローチになるのではないかと推測されるが、その指導技法について、荒木は6つのプロセスを組み合わせて指導を行うのが効果的だとしている。 9)

(1)直接、言葉や絵カードで教える(教示)
(2)見て学ぶ(モデリング)
(3)やってみる(リハーサル)
(4)振り返る(フィードバック)
(5)どんな時、どんな場、どんな人でもできるようにする(般化)
(6)「頭で(認知的)」「体で(行動的)」「いつでも(般化)」できるようにする

 

 
                   表1 SSTの課題例
このように、ソーシャルスキルを「技能、コツ」と規定しながらも、認知理解をベースにして指導していく方向性を明らかにしている。具体的にどのような技能を習得すべきかという点では、写真4では、実践編として38のソーシャルスキルの指導プログラムを一覧表にまとめている。6)SSTは自閉症スペクトラムの子どもたちの特性と課題、実態を踏まえながら、理解しやすいように行動や体験を伴った形で学習する方法である。
 ここで、SSTのなりたちについて、「特別支援教育 実践 ソーシャルスキルマニュアル」の記述を基にして次の点を確認しておく。
SSTは成立した時から、普通学級に在籍するグレーゾーンの子どもたちを抽出し、その集団でソーシャルスキルを学習する目的で組織されたという経過がある。それ故に、課題設定も、一定高度なものになっている。特別支援学校の現場でSSTを行うとすれば、教師(特に担任)が、日常的に直面している中度・重度あるいは軽度でも自閉度の非常に高い子どもたちの深刻な行動は、ほとんど課題設定には含まれていないという問題がある。
 それはSSTの成り立ちを理解すれば当然のことで、そもそもSSTはLDの対策として考案され、後に軽度発達障害と呼ばれるようになったグレーゾーンと言われる一群の子どもたちのカリキュラムだったからである。まとめると、SSTでは身辺自立や強いこだわり、行動障害に属する課題に対する個別的な学習・指導は除外されており、主として人間関係を課題とした集団的カリキュラムである。

 

1.3.2 不適切行動の指導
 一方、「不適切行動」というキーワードで文献を調べると、特別支援学校で直面している深刻な行動について、よりリアルに解説されている。例えば、不適切行動の具体的事例として上岡は次の6点を挙げている。11)
@常同行動、Aこだわり、B自傷、C他害、D多動、Eパニック
 これらの行動がなぜ起きるかについて、上岡は「不適切行動は何によって生じるのか」の項で以下のように記述している。10)

 言うまでもなく行動は個人の資質(能力、特性)と環境(人的、物理的、社会的)の相互作用によって引き出される。個人の資質だけで生じるものではない。障害がない人でも環境が好ましくなければ、不適切行動を起こすこともあり得る。事実、家庭環境や学校環境により社会的な問題行動を起こす子どもはいる。しかし、障害のない人は多少環境が悪くても、資質が高いため、個人の理性や判断力で不適切行動を起こすことはあまりない。自閉症の子どもはそうはいかない。元々資質に課題をもっているために環境が好ましくなければ不適切行動に出てくる可能性は高くなる。しかし、逆に言えば、いくら資質に問題があっても、子どもの資質に合わせて環境をきちんと設定すれば、適切行動を引き出すことはできる、ということになる。

図4 不適切行動の対応評価
   そして、「よい対応とよくない対応」の項で、図4のようにまとめて  筆者も学校現場で、日常的に対応を迫られたのは、このような行動であった。周囲から見れば「不適切行動」ということになるが、子ども自身は正しい解決方法(適切行動)がわからない状態であると言える。彼らが困っているから、このような行動が激化するという関係ならば、原因である「困り感」をなくすことが重要である。そして、「困り感」をなくすためには、環境を整えるとともに「正しい解決方法」を教えて、不安を取り除く必要があると言える。
 「困り感」というキーワードに対して、白石は次のように定義している。 11)

「困り感」とは、嫌な思いや苦しい思いをしながらも、それを自分だけではうまく解決できず、どうしてよいか分からない状態にあるときに、本人自身が抱く感覚である。なお、そのような状態にあっても本人にはその感覚が希薄である場合や、また現在は問題が生じていなくても将来そういった状態に陥ることが十分予想される場合もあるが、本人への教育支援という観点から、これらの場合にも「困り感」があると判断することが望ましい。

 子ども自身が(無意識の場合も含めて)悩んでいる状況を、支援者がつかみ、正しい解決の方法を示すことが、子どもにとって優先課題となる。「どうしてよいか分からない状態」が激しくなると、さまざまな不適切行動で解消しようとする場合やパニックという形で表出してしまう場合もある。だから、子ども自身の「困り感」を正確につかむ必要がある。さらに、「不適切行動にはどういう対応が必要か」について、上岡は次の5点を挙げ、対応する上で重要な観点を記している。 10)

 

@コミュニケーションの改善を図る、A不適切行動をなくすよりも適応できることが重要である、B見通し、予測のできる活動を用意する、C適切な課題を設定する、D認められる体験を積み重ねる(略)不適切行動は対症療法的対応で改善されることは、まずない。むしろ退行させると考えた方がよい。原因療法的対応、すなわち、不適切行動を引き起こしている原因をつかみ、原因に応じて対応を考えることが基本となる。原因探求が何よりも重要となるが、決して簡単なことではない。

  SSTと異なる目標設定をしている点は、SSTは「4つのカテゴリーの力を集団学習のカリキュラムを通じて獲得させる」(1.3.1で述べた4つの指導領域を指す)というプラスの設定で、子どもの力が伸びたかを評価する立場であるが、不適切行動の対応は、「子どもの不適切行動の原因を探り、原因対症的な対応を編み出して、不適切行動が起こらないような環境を作りだす」という教師側の指導力が問われる。むしろ、教師が評価される立場である。
 また、不適切行動は知的障害の段階や個人の諸状況に関わらず、現場(学校現場だけでなく家庭・地域も含めて)で起こっているすべての「困った行動」が対象となる。その意味で、SSTが指導対象とする領域よりも、はるかに多様で広範な問題領域に対応する必要がある。対象は、軽度という枠で抽出された集団でなく、在籍しているすべての子どもたちであり、一部集団で取り組める指導もあるが、多くの場合、個別指導になる。中には安全確保や健康維持に関わる問題もあり、その意味で、より緊急性のある指導課題である。
 本研究では、中度知的障害を伴う自閉症スペクトラムの子どもたちを含めて指導対象として設定しているので、基本的にSSTという指導方法の範疇に収まらない幅広い問題行動を指導するための教材開発を進める。

 

1.3.3 行動を修正するための個別の指導
 視覚的支援がASDの子どもたちにもたらす好影響について、ジェニファーらは次のように記述している。 12)

 なぜ視覚的支援をしなければならないのですか
  自閉症スペクトラムの子どもの多くにとっては、最もよい学習方法は、絵や写真    
 など、画像によるものです。学校では、子どもたちは視覚的支援によって、その日の
 活動がわかり、選択をし、ルールを理解するのです。毎日の生活の中で、大人も
 視覚的支援を使っています。例えば、私たちはカレンダーや予定表やテレビガイド
 や映画案内や料理本や、やるべきことのリスト、さらに地図などを使うことで、私
 たちの世界を理解し、時間内に仕事や勉強を終えることができます。(略)
   どんな視覚的支援が使えるのですか
  家庭や地域で使える視覚的支援には、いくつかのタイプがあります。どれも似たように見えますが、目的は異なります。最もよく使う視覚的支援には、次のようなものがあります。
  @視覚的スケジュール
  A情報共有具(インフォメーション・シェアラー)
  Bチェックリスト/オーガナイザー(手順書)
  C行動の視覚的支援
              ↓
  視覚的なスケジュールは、一定時間枠内の活動の流れを示します。

  上記のように視覚的支援の手立てが有効であるという認知は実践的にも確認され、特別支援学校でも取り入れられるようになってきており、提示の仕方も工夫されるようになってきた。それによって子どもたちの見通しが確立し、安定して過ごせるようになってきている。特にスケジュールと手順表は、普及が進んでいる。この他にも、環境整備としての構造化、応用行動分析やトークンなど、個別指導を円滑に進めるための方法が開発されている。

 

1.3.4 本研究の目的
 本研究の目的は、「軽度発達障害に止まらない幅広い発達段階の子どもたちが、社会的通念を意識し、自分の不適切行動に気づくことができる視覚支援教材を研究開発する」ことである。
 研究目的を補足する意味で、本研究に取り組む初発の問題意識について記述する。問題意識の発端は、中度知的障害をもつ自閉症の子どもたちが、ルールやマナーを学ぶ方法が確立されていないと考えたことである。SSTは、この子どもたちにとって、そのまま適用することは難しい。ゲームや集団行動を通して学ぶような形式は、軽度発達障害の子どもたちでなければ成立しない面がある。前述したように軽度発達障害の子どもたちを抽出して集団指導をする方法なので、中度知的障害の子どもたちの課題に合わないのは必然である。
 次に筆者は「SST集団的認知学習の効果を、もっと発達が低い子どもたちにも適用することができないのだろうか。」と疑問に感じ「どうすれば、わかりやすく社会的スキルを教えることができるか。」と模索し始めた。SSTの核になる「場面に応じた行動を判断する練習」を抽出して、実際に理解できるかを確かめたいと考えた。学習時に、言語力に左右されない方法として、指さしやカード選択などの動作レベルで答えられるように設計する必要があると考え、実践的に教材開発を始めた。特別支援学校で、一定の実践的な成果が見られたので、この方法を理論的に裏付けるとともに、オリジナル教材を作成しまとめてみたいと考えるに至った。つまり、SSTのいいところを活かしつつ、もう少し発達段階が低い子どもたちにも使えるような実践的な教材と学習プランを開発したいと考えた。
 SSTと不適切行動の指導に関して別の視点から見ると、指導の対象となる行動、子どもの実態、指導条件の違いによって、指導の目標や方向性が大きく2つに分かれている。単純化すれば、SSTはトップダウン方式、不適切行動の指導はボトムアップ方式の要素が強いと、筆者は感じている。指導課題の設定方法そのものが、到達点を中心にするか、実態(課題)を中心にするかで異なるが、障害が重度であるほど、生きることの根幹部分に寄り添う必要があると考える。
 その視点で見れば、軽度発達障害の子どもは、足りない力をSSTという方法で補って、健常児の基準・規範で行動できるように引き上げるというトップダウン(一定の上から求められる基準に合わせるという意味で)方式である。
 一方、不適切行動の対応は、様々なレベルの行動を「起こさせないようにする」「より軽減する」というボトムアップ(その子どもの実態からスタートして、底上げしていくという意味で)方式である。

 

                                          表2 SSTと不適切行動指導の比較

  ソーシャルスキルトレーニング 不適切行動指導
指標(基準) 集団行動、セルフコントロール、仲間関係、コミュニケーション コミュニケーションの弱さを支援(自己刺激、回避、注目、要求機能)指導の改善と問題行動の軽減
対象(発達段階) 軽度発達障害 すべての発達段階
指導形態(基盤) 抽出された目的学習集団(もしくは母集団) 日常的個別指導が基本

 

 この2つの指導(SSTと不適切行動対応)は、それぞれ困難さを伴うが、実際の指導上、@扱う領域、A対象となる子どもの行動、B目標の設定の3点が異なる。SSTであれば、対人関係上のスキルを高めていくことが主要な目的になるが、不適切行動は、生理的・感覚的問題・こだわり行動を含めて幅広い行動が対象となり、その中には健康や安全面で重大な問題を引き起こしかねない行動も含まれる。学校現場で直面するのは不適切行動指導であり、より実践的な学習モデルを作るならば、目標を不適切行動指導に設定する必要がある。
 トップダウンかボトムアップかという観点を示したが、両方が混在し、課題設定が非常に困難な事例がある。特別支援学校には中度知的障害を伴うASDの子どもたちの一群が存在しているが、この子どもたちは発達の幅が広く指導の方向性や見通しが立てにくいという特徴がある。それ故に、指導の目標も方法も設定が難しく、位置づけが不明確になりがちで、その年度担当した教員の見立てによって大きく左右されることが珍しくない。
 発達の高い部分に注目してトップダウンの課題に取り組むべきか。低い部分に注目してボトムアップを柱とするのか、どうしても見解が分かれ、場合によっては教師と保護者の間で意見を調整することが困難になることもある。それどころか教師間でも共通理解ができない場合もある。
 ここに中度知的障害のグループの難しさがある。よほどアセスメントを大切にして、共通理解を形成していかなければ足並みをそろえることが難しい。例えば、課題を正面から取り上げて認知学習から入ることが、「余計な刺激を与えて問題をこじらせる」と見るか、「意味を理解し努力目標として認識できる」と見るかでは、当然、対応が違ってくる。この判断は、いろんな条件を考慮し総合的に考える必要があるが、場面理解を判定できる共通のツールがあれば共通の基準を設けることができ、客観的な判断ができる可能性が高まる。見立ての基準が定まることによって、その子どもの周囲の大人が一致した方法で足並みをそろえ、支援に関わることができる可能性が高まると考察する。
 以上の問題意識を踏まえ、本研究では、次のことを仮説として研究を進める。

@SSTの集団的な認知学習と不適切行動対応の個別指導を、合理的に統合すれば、中度知的障害を伴うASDの子どもに、自分が不適切な行動をしていると気づかせることができる。
A社会適応力を測り、伸ばすための共通の教材があれば、子どもを見立てる基準ができ、実践の足並みがそろえられる。

 

 図5は、ここまで考察した発達障害の程度と不適切指導の方法の関係を、簡略化してまとめたものである。@とAを合わせた指導領域で成立する学習モデルとして、教材開発に取り組む。

 

 

             図5 障害と指導対象領域の関係
「子どもが自らの不適切行動に気づく」という課題の達成を本教材ではめざしている。気づきだけで不適切行動が修正できるとは考えられないため、本研究で提案する教材と学習モデルは「望ましい行動に切り替えるための指導につなぐ初発の動機付けや意欲付け」になれば成功だと考える。
 もちろん、気づきだけで行動を変えていける自覚的な子どももいるが、多くの子どもはわかっただけでは修正できない。多くの子どもにとっては認知学習だけではなく、実際に行動を修正していけるような手立てが必要になる。
 例えば、目標の可視化や手順表やトークンの導入など、好ましい行動を強化する手段を駆使して、個人個人の特性や理解の仕方に応じた支援方法を確立しゆっくり時間をかけて好ましい行動へと修正していく流れが必要である。
 本研究で達成したい課題は、「気づくこと」であり、そこから「個別の手立て」に、よりスムーズにつなぐことである。けっして、気づきから直接、行動の修正を導き出すように迫ることではない。本人の認知だけに頼るべきではないし、強迫的に迫ることは、新たな問題を生み出す危険がある。
 繰り返しになるが、行動変容を生み出すことが困難と予想されるASDの子どもたちが、より正確に課題を理解し、意欲を持って主体的に改善にむけて取り組み出す「初めの一歩としての気づき」を担うことができれば、本研究で提案する教材と学習モデルが活かされたと考える。
 また、本研究を通じて認知学習が成立するボーダーについて、解明されるよう努める。2枚のイラスト教材を使って認知学習が成立するかどうかというテーマは複雑な要素が関係しており、規定することが困難である。田中らが「○○ではなく××だ」という二次元形成の力が元になり判別と意志決定の基礎ができ、「○○だけれども××しよう」とする二次元可逆の力(4〜5歳で獲得)が生まれると、苦手なことでもがんばろうとする姿勢ができてくると記述している。13) 基本的には、二次元形成と二次元可逆の力が、意思を持って1つのものを選ぶ原動力になっていると思われる。
 しかし、「絵を見て場面の状況を読み取り、どんな行動をとればいいか考察する」という要素が加わり、さらにメタ認知的に自分のこととしてとらえるという過程も含まれることから、別の基準も必要になると考えられる。障害特性も関連し、生活経験の幅によっても影響が出ることから、ますます認知学習が成立するボーダーの規定が難しくなる。しかし、逆に2枚のイラストの違いがわかり、価値判断できるという事実に基づいて判断していけば、概ね間違いなく、認知学習が可能であるという実践的な見方もできる。
 どういった発達段階・障害特性の子どもがボーダーとなるのかについては、今後も具体的な事例研究を積み重ねて、継続して検証する必要がある。なお、検証については、諸事情により、勤務に復帰してからになるが、本研究でも限られた条件ではあっても、インタビューやアンケートなどで、できるだけ検証することとする。

 

2. 近年の自閉症児の社会適応力を高める教材と指導
 本章では、自閉症の特性を踏まえた視覚的支援を行う市販されている教材(近年、開発された教材)の特徴について調査・考察を進める。これらの教材を比較して、認知的に自らの不適切行動に気づき、修正していく出発点を築くことができる教材の条件を求めていく。(自閉症研究が進んでいるアメリカで開発された視覚支援教材を中心にして、日本で作成された教材も取りあげる。どちらも発行部数が多く普及している教材を選定した。)

 

2.1 シンボルカード
 シンボルカードは、具体物や動作、修飾語、感情などを行動に抽象化したシンプルな模様をカードに印刷したコミュニケーションツールである。ここでは、「ピクトプリント」を例にして、特徴を分析する。

 

                                  図6 ピクトプリントver3.0(株式会社 コムフレンド)カード例
 ピクトプリントは、CD−ROMに収められた2700枚のシンボルカードを自由に選択し、必要に応じて印刷することができる便利な教材である。上の図のように多様な具体物、動作、様子、感情などをシンボル化してカテゴリー分類している。(36カテゴリー)シンボルカードは、具体的な場面で表せるキーワードについては、より明確に表現でき、より抽象的なキーワードに関しては、記号化して表現している。

 

 

                                   図7 ピクトプリントver3.0 感情・感覚表現カード例
 カテゴリー24の感情・感覚などは抽象度が高いと言える。このカテゴリーの例として、写真7のカードがある。(カテゴリーの一部)このカテゴリーでは、様々な工夫をこらして意味を伝えようとする姿勢が伺える。シンプルな表現「イエス」や「いたい」等もあるが、「いじわる」「いそがしい」「うらやましい」等を見ると、典型的な場面を提示して、その時の状況を想像させる方法を採っている。これを理解するためには、一定の場面(状況)理解力が求められる。
 また、「あいする」「あやまる」では、ハートマークの意味を了解している必要がある。その前提をクリアしていないと理解できないと思われる。「いらいら」「えっへん」などは、身体動作が持つ二重の意味が理解できる必要がある。また、「鼻が高い」など、慣用句的な表現に通じていることが求められ、ASDの人たちには苦手な表現である。本研究に関わるルールやマナー等の社会適応力に関わるカードは「対人行為、対物行為、知的行為」のカテゴリーに含まれると予測できる。特に対人行為は本研究と関連が深いが、単数のシンボルカードで、どこまでその行為を共通理解できるかという問題がある。よく工夫されているが、抽象度が高いことと説明の言葉がないこと。また、1枚で表現するという制約があることから、例えば「うそをつく」のカードでは、腹の中にある黒い顔(舌を出している)のニュアンスと意味が理解できなければ解釈は難しい。さらに、「うそをつく」という行為自体が共有できたとして、その行為の是非を問うことや正しい行動の方法を学習することに結びつけることは難しい。
 まとめると、シンボルカードの使用法として適しているのは、主に具体物(についての要求や情報)を確実に相手に伝え、共通理解することである。さらに理解が高い相手に対しては、支援者がカードを使って気持ちを確かめたり、逆に被支援者が要求を示したりするやりとりが成立する。
 言語表現力が弱い子どもが、カードを選んで直接指導者に手渡したり、指さしたりして、要求を伝えることは支援学校などでは日常的に行われている。そのような直接的なマッチングレベルのコミュニケーション支援ツールとして、シンボルカードの役割は重要である。重度の子どもたちから、比較的発達の高い中軽度の子どもたちまで、幅広い子どもたちがシンボルカードを用いてスケジュールや活動内容を確認し、1日の生活や学習におおまかな見通しを持つことができている。
 ただし、本研究のテーマである「自分の不適切行動に気づく」という目的から見ると活用は難しい。つまり、具体物や目に見える物を、視覚情報を媒体にして正確に共通理解する点では、優れた教材であるが、その具体物をめぐる自分の行動が、周囲の人間関係から見て、望ましいか望ましくないかといった視点は盛り込むことが難しい。
 シンボルカードという教材の性質を見極めて、有効に活用する必要があるだろう。

 

2.2ソーシャル・スキル・アルバム
 ソーシャル・スキル・アルバムの作成意図とねらいについて、ジャドは「写真で教えるソーシャル・スキル・アルバム」で次のように記述している。 14)

ソーシャル・スキル・アルバムとは何か。ソーシャル・スキル・アルバムには、いろいろなソーシャル・スキルを実演する子どもたちが場面ごとに描写されています。各スキルは、コマ割漫画風に順番に構成されています。子どもたちをデジタル写真に撮り、スキルを使っているときに話していること そして時には思っていること を表すために、写真に文章と吹き出しをつけます。正しい(時にはよくない)振る舞いの写真を使い、学習経験の質を高めるような文章を添えます。多くの自閉症の子どもたちが共通して抱えている生来の問題を軽減するための手段を、これらの写真は提供してくれます。対人関係場面で、何をすべきか、何を話すべきかを明確にしてくれます。さらに、写真という形式を使い、視覚的情報処理に優れている点を十分に活かして、子どもたちの集中力と理解力を促進するのです。

 ジャドはソーシャル・スキルを必要とする場面を設定し、図8のようによい例とよくない例を写真で示し、登場人物のことばや解説を交えて、スキル習得を促すようにデザインしている。 

 

    図8 ソーシャル・スキル・アルバム教材例
 ソーシャル・ストーリーではなく、写真を使って場面にふさわしい行動を提示する方法である。写真がセリフ(心の声)や説明文によって補足されて、場面理解しやすく工夫されており、よいやり方とよくないやり方が、比較できるように作られている。この問いは具体的な行動の改善を考える上で、判断基準が非常に明解である。
 また、同書によれば、クラスで打ち合わせをして、子どもたちが演じたところを教材の使用例として撮影し、教材となる写真を自作することもできる。授業として、2枚の写真を比較して意見を交流する活動もあり、集団の活動を重視したモデルである。また、文章(言語)に依存するのではなく、写真という視覚的支援(非言語)で、問題点を提示しているため、幅広い発達段階の子どもが理解できる。
 しかし、写真という媒体は、具体的な場面を写し取っているので、必ずしも必要とは言えない情報まで取り込んでしまう可能性がある。情報の抽出度を間違えると場面理解に関係のない背景(例えば、掲示物、教室備品など)が、注意力を分散させてしまう。簡単に言えば、「写真のどこを見ていいかわからない」状態が起こる可能性がある。特に、特別な関心・こだわりの強い子どもたちが対象になるので、注意が必要である。
ソーシャル・スキル・アルバムは、文章の読解力に依存する割合が下がるので、比較的知的障害が重い子どもにも使えると推測できる。

 

2.3 パワーカード
 アイリーサはパワーカードの規定として著書の中で次のように記述している。15)
パワーカード法は視覚的な補助具であり、子どもの特別な興味を活かして適切な対人行動を教えるものです。つまりルーティンや期待される行動、言語の意味、暗黙のルールなどに関して教える補助具です。
 この本の中で、直接パワーカード法の理論の柱になっている部分に「特別な興味」の記述があり、次のように記されている。
特別な興味は、アスペルガー症候群の子どもにも自閉症の子どもにも見られます。興味は狭く焦点化されていることがきわめて多いのですが、(a)目に見えるもの、例えば、雲母を含有する石や自動車のボンネット飾りを収集する、あるいは(b)話題、例えば、南北戦争や縦置き型の掃除機についてのありとあらゆる情報に精通するといった形をよくとります。(中略)最近の研究の中には、ベイカーらのものがあります。(Baker,Koegel,& Koegel,1998)この研究では、特別な興味を活用すると、参加意欲が高まり、適切なソーシャル・スキルが向上しました。ベイカー(2000)の別の研究では、特別な興味を遊びの中に組み込むと、自閉症の子どもたちとその兄弟姉妹との間の交流が増えました。マーシアらは(Mercier,Mottron,& Belleville,2000)、特別な興味について自閉症の人たちの聞き取り調査を行い、特別な興味は強化力がとても高いという結論に至りました。」
ここで活用されている特別な興味の例は、ヒーローやアニメの登場人物、有名人など   
のキャラクターで、三人称で書いた短いシナリオを使って、子どものヒーローが問題をどのように解決するかを述べるものである。
 アイリーサは上記の「特別な興味」の力に依拠しつつ、パワーカードの発展的な使用法を提案している。支援者が携帯用の小さなカード集を作成し、子どもが自分で携帯用のカードを持ち歩いて、必要な場面で読み返して、自分でその場にふさわしい行動を確認して選択するという利用法が示されており、子どもが自律的に行動できるよう配慮されている。同書では、パワーカード法の目的にも意欲を引き出しトップダウンの形にならずに自主的にシナリオを受け入れて行動する意図が書かれており、子どもが自分で正しい行動を選択していくことを支援する方法である。
 パワーカード法が使えるかどうか注意しなければならない場合として、次のような点があると、同書に書かれている。 15)

1.感覚に対して特別なニーズがある場合。(略)
2.認知面で極度の制約があり、話された言葉や文を段落のレベルでは理解できない場合。でも、パワーカード法を使うためには、子どもは字が読めなければならないということはありません。問題状況や問題行動を写真や絵で説明し、教師が文章を読んであげることができれば使えます。
3.問題行動が一度しか起きていない場合。(略)
4.先生や他の大人がその子どもとよい関係を築いていない場合。(略)
5.子どもが危機的状況にある場合。(略)
6.興味のある分野で子どもが十分に発達していない場合。パワーカード法を受け入れるためには、子どもはヒーローの指示に喜んで従いたいと思ってくれなければなりません。

 これらの条件の中で、文字の読み書きが絶対条件ではないとしても、興味の分野で十分に発達しているという条件「ヒーローの指示に喜んで従いたい」は、重度の子どもたちに当てはまらないと予想される。好きなキャラクターがある=特別な関心があるということと、その「指示に喜んで従いたい」こととは、大きな差があると考えられる。 

 

 

         図9 パワーカード教材例
 パワーカード法が特に優れている点は、1つは特に興味を示すキャラクターを用いて絵カードを作成し、正しいルールやマナーのあり方を教え促すことで、子どもの自発性を引き出すことができ、威嚇的にならないで済むこと。つまり、指導・支援を受け入れるレディネスを調達しやすいことである。
 2つめは、カードを名刺大のものを用いて携帯できるようにするため、自分で必要に応じてカードを自分で見て、正しい行動を自分で選べるようになる可能性があること。つまり、自立に向かう方向性を持たせることができるのである。
 課題として考えられるのは、一定の読解力が必要となること。また、個人限定の興味づけになっているので、集団的な広がりの方向性を持っていないことがある。また、次に取り上げるソーシャル・ストーリー・ブックと比較すると、実用主義的な考え方があり、より適応主義的な教材と言える。

 

2.4 ソーシャル・ストーリー・ブック
 キャロルらは「ソーシャル・ストーリー・ブック 書き方と文例」の中で、ソーシャル・ストーリーズ(子どもに場面にふさわしい行動を簡単な文章で示唆する方法)について次のように記述している。 16)

  自閉症スペクトラム(ASD)の大人や子どもたちは、自分を取りまく社会についての情報を読み取ることや、それを解釈すること、それに対してうまく対応することに困難をかかえています。彼らの目には、他者の言葉や行動は、しばしば意味や目的のないものに見えたり、予告や論理的根拠もなく無秩序に生じるように見えます。
 一方、親や教師といった彼らにかかわる人々の側から見れば、ASDの子どもの行動は、「はっきりした理由もなく」、また、まったく「脈絡のない」ように見えます。
 ソーシャル・ストーリーズは、両親や教師が、まず一度立ち止まって、ASDの大人や子どもの立場から、その状況をとらえなおし、次に見落とされがちな情報を見つけ出し共有することによって、混乱を解決しようとするものです。その結果として、社会的に対等な両者の相互理解が促進されるのです。

 上記は、序文に書かれた文章であるが、言語や行動、文化が異なる2つの人種が相互理解を進めるために「翻訳機能を持った対話ツール」を使うという位置づけであり、ASDの子どもたちと対等に向き合おうという思想の原点が述べられている。指導上の留意点として、下記の「問題行動をなくすためのものではない!」という部分は、実用主義的に対応することを戒め、共感的・肯定的に接することを強調している。

つい、支援者(親を含みます)は、子どもたちの問題行動のみに着目してしまい、彼ら自身にも人としての心があることを忘れて指導プログラムを考えがちです。
  しかし、ソーシャル・ストーリーズは「問題行動をなくすためのものではない!」のです。あくまで、子どもたち自身の理解力を高め、自分の意思で適切な行動を選択できるように導くものです。−(略)−しかし、その際、本人の物事の理解の仕方や感じ方を否定するように言って(書いて)はいけません。書き手(教育支援者)は否定していないと思っても、その当事者の感じ方によっては、書き手の言葉の選び方によって、「自分自身を否定された」と受け取ってしまうことも起こり得るのです。16)

 その考え方を貫くためにキャロルはソーシャル・ストーリーを書くときのガイドラインを定めている。以下にその内容を紹介する。(ここで述べられているガイドラインに関する文章が長いので、筆者が簡潔に内容をまとめることにする。)
@ソーシャル・ストーリーの目標として最優先すべき事は、もっともわかりやすい方法で、状況に応じて必要な社交上の情報を共有することである。何かを指図することではない。
A題材についての情報と対象となるASDの人の情報(学習スタイル、読解力、集中できる時間、興味など)を集める。
B5W1H疑問に答えるように、1人称で、ASDの人自身が出来事や概念について説明しているかのように肯定的な言葉で書く。導入、本文、結論で構成される。
Cタイトルは、そのストーリーの全体の意味や要点を表す。
Dソーシャル・ストーリー・チェックリストを使って、求められる特性が備わっているかを比較検討する。
 実際のソーシャル・ストーリーは、どのような書き方をするのか。例文とソーシャル・ストーリー・チェックリストを次に示す。

 

 

                   図10 ソーシャル・ストーリー・ブック教材例
 ソーシャル・ストーリーの特徴として、まず注目したのは、その文体(さりげない語り)である。たいへん婉曲な表現であり、これを読み取って自身を振り返り、行動を変更できるのかと率直な疑問がある。行動修正ができるのは、ASDでも知的障害を伴わない人であると思われる。もっと直接的に表現しないと伝わらないと、学校現場体験から感じる。   
 婉曲表現に関連して同書では、「ソーシャル・ストーリーの基本文型と比率」の項で次のように解説している。

  ソーシャル・ストーリーには、事実文、見解文、肯定文、指導文という4つの基本的な文型があり、それぞれの文型には固有の役割があります。一つひとつの文型は、ソーシャル・ストーリー比とよばれる特定の頻度に基づいて、1つのストーリーの中で用いることができます。それぞれの文型の役割を理解し、さらに1つのストーリーを全体的なインパクトとの関係を理解することは、効果的なソーシャル・ストーリーを書く第一歩になります。16)

 

  基本的文型には、この他にも空欄文、調整文、協力文などがあり、異なった文型の間にある関係を定義するものとして、基本(完全)ソーシャル・ストーリー比という基準でチェックする。

 

 基本ソーシャル・ストーリー比=((空欄がある、または完全な)指導文0〜1個)/((空欄がある、または完全な)事実文、見解文または肯定文2〜5個)
 
 ソーシャル・ストーリー比を用いて、厳密に各文型の出現率を調整しながら、本来の目的をはずれないように規定しているのは、命令や押し付けになってはいけないからであり、少し間違っただけでも、ASDの人たちに好ましくない影響を及ぼす可能性があるためだと思われる。
 「ソーシャル・ストーリー・ブック 書き方と文例」の中で、際だっているのは、自閉症の子どもたちの立場に立って対話していこうとする優しさと誠実さである。決して、指導者(支援者)側の論理や都合を押しつけない。言うことを聞かせるために、文章で指示するのではない。この理念は、教育の原点として忘れてはならない柱である。しかし、教材として、ソーシャルスキルを学ぶ際に、婉曲な表現であるソーシャル・ストーリーは、一定高度な読解力が求められるのも事実である。軽度発達障害の子どもの中でも、限定されると考えられ、汎用性に課題があると考えられる。そして、学習・指導に際しても、充分に落ち着いていなければ取り組めないと予想される。

 

2.5 「CD−ROM付き グレーゾーンの子どもに対応したソーシャルコミュニケーションづくり 基本のスキル31」
 日本で作られたSST教材も、増えてきている。1番目に2枚のイラスト(よい例と悪い例)を採用している文献として表題の教材について検討する。同書の解説には、次のように記述されている。 17)
1 ワークの構成
○学校生活の中の31の状況について、適切な行動をしている絵を選ばせることで、ソーシャルスキルを学ばせます。
○1つのソーシャルスキルについて、原則として4枚のワークで構成されています。(略)
○それぞれのワークの絵は、学習語彩色できるようになっています。
○なぞり書き・写し書きは、子どもが迷うことなく書けるように配慮してあり 
ます。(略)
2 使用法(略)
(2)実施時間のめやす
 1枚10〜15分です。「朝の学習の時間」など、短い時間でも実施できます。また、45分の授業で実施するのであれば、1ユニット(4枚)も可能です。ただし、それ以上は避けたほうがいいようです。量の多さにうんざりしたり飽きたりするからです。
(3)実施方法
 自習時などは、配ってさせるだけでもできます。ただし、ワークのやり方を含めて、    最初に一度は授業で扱った方がよいでしょう。
(4)なぞり書き・写し書き・色ぬり
 いずれも、ていねいにさせます。「なぞり書きは、薄い字を1mmも(・)ずれないように 
 書きます。

(5)ワーク終了後
 きれいに色をぬったら、ワークを掲示しましょう。望ましい行動のしかたが教室内
 に掲示されることになります。(略)

 

 

                     図11 国内市販教材例1
 図11は、同書のワークの1例である。ワークを見ると、2枚のイラストから正しい方を選択する問題がある。図11左の問題では、誰かがなにかの紙を見せながら子どもたちに話をしているが、ひとりだけ大笑いしている子どもがいるという絵になっている。これがなんの話をしている場面なのかわかりにくく、紙芝居のような場面にも見えるため、「楽しい話を聞いて笑ってもいいのではないか?」と疑問が生じ、判断しにくい発問になっている。「お友達が意見を言います。」と説明があるから、この前にいる人物は、先生ではなくて友だちなのだとわかるが、これだけでは笑ってはいけない理由が説明できない。そして、文をなぞり書きし、「まじめに聞きます」を回答欄に書き込むワークがかなり注入式である。
 図11右のワークでは、友だちが指名されて音読している時に、よそ見をしないで教科書を見るという課題を提示している。非常に具体的な場面設定であるが、よそ見の程度を示していないので、「なにかが気になった時、ちらっと見ることもダメなのだ。」という誤解を生じさせるのではないかと懸念される。2つのワークは取り組ませ方が非常に固く、強迫的で道徳的であるように思われる。子ども自身の思考をくぐらせる過程が省略され、答えが与えられる印象を筆者は受ける。
 31個の場面設定は、どのような系統性に基づくものなのか。取材方針について説明されていないので推測になるが、題材の取り上げ方が少し恣意的に思える。これ以外にも、問題にすべき場面はたくさんあり、必要なカードは多いと予想される。
 他のワークを提示し検討する。

 

                   図12 国内市販教材例2

 

 

                    図13 国内市販教材例3
 場面を視覚的に提示することで、問題をとらえやすくしようとする工夫はあるが、SST風のハウツー本である。図12「ありがとうと言う」のような、非常に具体的で比較的簡単に実行できる課題なら問題ないが、図13のようにいじめを扱うような課題では、単純に先生に言って解決するような問題でもなく、多様な要素を孕んだ課題なので、このような機械的・紋切り型のハウツーレベルで指導することに谷口は不安を感じる。
 2.4で分析したソーシャル・ストーリーと比較すると、背景になる思想・理念が見えない。そして、道徳的なニュアンスが強く、押しつける姿勢が強い。対症療法的と言っても過言ではないと思える。また、イラストの使い方も、台詞がなくシンプルであるが、正確に場面が伝わるか疑問に思われるカードもあった。

 

2.6 「高機能自閉症・アスペルガー障害・ADHD・LDの子のSSTの進め方」
 障害特性の異なるさまざまな軽度発達障害の子どもたちに、SSTを行う共通教材をめざして開発された市販の視覚支援教材の1例として、表題の教材19)を分析する。
 同書の構成としては、第1章で「どんな子どもにSSTが必要か」と問題提起し、子ども像や行動特性、発達障害の種類から説明し、具体的に支援対象となる子どものイメージがつかみやすい。第2章では、「SSTのやり方」として、「SSTとは」「SSTを進める時のコツ」「ゲーム感覚を取り入れたSST」など、定義と具体的な方法について説明している。第3章で、「絵カードを使ったSST」として、オリジナル教材が掲載されている。

 

 

                図14 国内市販教材例4
 図14の絵カードは、1枚で独立しており、台詞が必要に応じて補足されている。背景や必要のないものは省略されており、場面の問題点が浮き彫りにされており、非常に理解しやすい。同書の絵カードは、「個別で実施する」「個別・クラス全体で実施」「クラス全体で実施」と分類されており、使用法については、次のような説明がある。19)
「個別で実施」と書いてあるものは、スタッフと、SSTが必要な子どもが1対1で行います。子どもとスタッフだけで、特別の場所(他の子どもが見ていない場所など)で行います。最初は絵カードを見ながら進め、次に子どもとスタッフで、役割を決めてロールプレイを行います。「個別」と書いてあっても数人で行うこともできます。たとえば特殊学級や特別支援教室の子どもなど数人の子どもとスタッフで行う時も、最初は絵カードを見ながら進めます。次にスタッフと子どもの一人が役割を決めてロールプレイを行います。役割は交替して、全員が両方の役を体験できるように配慮します。ロールプレイをしないで、絵を見て話し合いで納得させる方法を用いる場合もあります。『クラス全体で実施』と書いてあるものは、クラス単位での実施が可能です。クラス全体の子どもにそのソーシャルスキルを身につけてほしい場合に用います。
 上記の説明から、個別カードは個人の指導に用い、他の子どもには知らせない配慮をするという意味だと考えられるが、明確に3つの分類理由があるかどうかはわかりにくい。基本的にSSTは集団で行うが、クラス全体でなく小集団が望ましいという考えがあり、クラス全体で扱うと、いじめ・からかい等別の問題が起こり得るという配慮だと推測できる。
 絵カードを使って発問する形式であるが、ここでは、一定の場面理解力と表現力が必要である。言葉で問われる形になるので、ここで予想されるような回答が出されるかは、相手の状況に依存することになる。望ましい回答を引き出す方法が、絵カードを見ながら会話で行う形なので、そこで乗り越えられない(答えられない)子どもがいる可能性はある。説明だけでなく、子ども自身が気づく・発見するというより、言葉で結論を誘導することにならないか懸念される。

 

 

 

            図15 国内市販教材例5
 前述のように、同書では、普通学級をベースにして、個人・クラス全体を区別して実践するように示唆している。上の2例は、いずれも好ましくない行動の例であるが、この2つは扱い方が少し異なり、後者は「個別・クラス全体で実施」とあり、場合によっては全体指導を行うこともある。
 3つの割合は次のようになっている。
@「個別で実施」:20枚
A「個別・クラス全体で実施」:18枚
B「クラス全体で実施」:2枚
 @とAの違いは明確でないが、Bについては、「知らない人にはついていかない」と「おしゃべりばかりしている」というテーマであるから、一般論として客観的に話し合えるものがBで、何らかの配慮が必要なテーマがA、さらに慎重な配慮が必要なテーマが@ということになるだと推測できる。
 このように支援者と1対1の学習を、言葉のやりとりで説得的・誘導的に行うとなると、問題解決のために道徳的に対応するニュアンスが強くなってしまう。言語力に大きく依存している点と併せて、子ども自身の気づきを集団で共有するより、支援者の想定している答えに誘導する姿勢が気になる。しかし、イラストのわかりやすさや整然とした本の構成等、優れた点が多く参考になる。
 
2.7 各教材比較考察
 本章で調査・考察した視覚支援教材を対象となる子どもや指導方法で簡単に整理すると次の表のようになる。この比較表をもとにしながら各教材の特徴や指導方法の違いについて考察する。

 

                表3 6教材の比較

 

 6教材を比較して、具体的な行動の問題点や理由、修正のための方法などがより明確に示されているのはソーシャル・スキル・アルバムである。2枚の写真の比較で意味が明確になるため、集団で論議したり確認したりする教材として適している。個別対応に終わらず、集団活動を踏まえることができる点で、正当でオーソドックスな方法であり、小集団で学習し確認したことを足がかりとして指導することが可能である。
 シンボルカードは行動修正に向かわせる観点が弱く、今回テーマにしているような目的意識は見られない。物や状態とシンボル画像を直接的に結びつけて、指し示すことがシンボルカードの本質である。文脈や行動改善を示唆する活用法は、抽象度の高いシンボルに取り入れることは困難である。
 パワーカードは、完全に個別の興味に基づいて使うので、行動修正のために基準をキャラクターに言わせており、自分で考えて判断するという力を養成しようとする意図は感じられない。その代わりに、携帯できるカードを「自分で見て自分で行動できる」という意味での自立は意図されている。その指導原理が妥当であるかどうかは検討の余地があると考えられる。
 ソーシャル・ストーリー・ブックに関しては、個人の発達に合わせて、場面にふさわしい行動を示唆し翻訳する文体になっている。ただし、これも集団での論議や確認の活動を踏まえないので、ロールプレイを取り入れるなど実践的に学習する場がなく、支援者と子どもの社会的行動に対する共通理解を進め、個人の理解を促す方法である。優しく諭されている形になっているが、具体的な根拠を直接提示して行動を選択させるのではなく、漠然とした行動提起(状況理解の支援)になっている。実用主義ではなく、子どもの思考をくぐらせ理解を促す点で、見習うべき点があると谷口は考える。
 これらの教材による差をまとめると、正面から問題となる場面の状況を提示して、集団的に学習する形式を採用しているのはソーシャル・スキル・アルバムの実践である。これが授業としてスタンダードな形式だとすれば、この学習に取り組むことには抵抗が大きい子どもたちの一群が存在し、そこにマッチする方法として作成された教材・指導理念がパワーカードやソーシャル・ストーリーである。集団学習ができないからこそ、個別の手立てが必要なのである。その2つの教材にも、指導姿勢に小さくない差がある。ソーシャル・ストーリーは、ASDの子どもたちを守るために、教材をソーシャルスキルの「翻訳」ととらえ、(たとえ効率的でなくても)より厳密に文体を規制した姿勢には、背景に思想的な基盤がある。一方、パワーカードについては、さらに実用主義的な方向に進み、より効果を重視した教材であると思われる。
 こうして比較してみると、自閉症の子どもの特性をどのようにとらえて教材を用意し指導するかといった考え方の違いが見える。
 日本で作られ出版されている視覚支援教材については、今後も調査・検討していくが、「グレーゾーンの子どもに対応したソーシャルコミュニケーションづくり」18)に関しては、表面的な対応方法が書かれたハウツー本であると谷口は感じた。この分野では、日本は後発なので、今後の研究が期待される。
 「高機能自閉症・アスペルガー障害・ADHD・LDの子のSSTの進め方」19)は、1枚のイラストを使って、問題状況を確認して、言葉で説得する方法なので、言語理解力がないと対応できない子どもがいると懸念される。子ども自身の主体的な気づきを待つ姿勢も少し弱く、集団学習に対するとらえ方も若干消極的と言える。イラスト自体は、たいへんわかりやすく描かれており、理解しやすいように作られている。

 

2.8 社会適応力を伸ばすために求められる視覚支援教材の条件
 2.7の考察を踏まえて、社会適応力を認知学習から入って、伸ばしていける教材として、筆者はソーシャル・スキル・アルバムの方法が有効であると考える。その理由は、以下のようにまとめられる。
 1.写真を使うことで、視覚的支援(非言語的コミュニケーション)の占める割合が大きく、言語理解の苦手な子どもにもわかりやすい。 
 2.よい例と悪い例を対比して提示するので、違いがわかりやすく、問題点を把握しやすい。
 3.問題点がつかみやすいので、正しい行動の基準が明確になり、わかりやすく発問できるので授業を組み立てやすく、集団的に論議し確認する活動に適している。
 パワーカードやソーシャル・ストーリーが個別指導に傾き、集団活動を踏まえないのに対して、もっともオーソドックスな教育方法であり、社会通念の仕組みを考えれば、集団で「みんな(=多数派)がわかっている。みんながそうしている。自分は間違っていたのかな?」と気づくことが、この指導の出発点だと言える。その気づきを足がかりにして、実際の振る舞い方を変えていく方法論と具体的な教材・指導計画を考案したい。
 2.の教材分析で述べたように、この基本的な指導が成立しない何らかの原因があるときに、次の手段としてパワーカードやソーシャル・ストーリーが(個別対応に)生きてくるという関係になっていると思われる。以上の理由からソーシャル・スキル・アルバムの方法をベースにして、学習・指導モデルを作成する。
 ソーシャル・スキル・アルバムの方法で課題になるのが、提示場面の抽出度である。写真であるため、細部に渡るまで忠実に映し出している。このため、不適切行動の意味を理解するために不必要な情報まで入り込んでいる。これが、注意力を分散させ、理解を妨げることになる可能性がある。
 これはASDの特性から、視覚情報には、たいへん強い反面、情報を取捨選択する力が弱いためである。この問題を解決するために、より視覚的情報の抽出度を操作しやすいイラストを用いてソーシャル・スキル・アルバムのように2拓形式で、よい例とよくない例の違いが明確になるようにカードで提示する。
 この方法で中度知的障害のASDまで含めた幅広い発達段階の子どもたちが、違いに気づき、より良い行動のカードを選択できると予想できる。この教材ならば、授業として、集団的に取り上げ意見を交流することができ、認知学習として成立すると考えられる。つまり、2枚のカードの意味がわかり違いが読み取れるということは、そこに葛藤が生まれ、自分からより好ましい行動に修正していける原動力が作り出せるということに他ならない。反対に、まったく読み取れない場合は、葛藤が生まれないので、1枚のカード(正しい行動のパターン)を繰り返して、それを習慣づける方法が発達段階に即していると考えられる。その場合、行動療法的であっても、その子どもの理解力に応じた指導が必要になる。

 

 

             図16 認知学習と行動療法
 本研究では、以上のように、2枚のイラストを比較して場面の意味理解を促し、望ましい行動のあり方に気づかせる視覚的支援のスタイルを基本として教材をデザインし試作する。

 

3. オリジナル教材開発と使用法
 本章では、1.〜2.での考察を踏まえて筆者自身が考える視覚支援教材のモデルを示すとともに教材開発を行う。教材を作成する過程での考察や試作教材を見ていただいた感想・意見などをもとに本研究の目的に合致する教材のあり方を検討する。

 

3.1 オリジナル教材のモデル
 オリジナル教材のモデルを作成するにあたって、次の4点のガイドラインに沿って進める。

@ソーシャル・スキル・アルバムのように、2枚のカードを比較する形で学習する方法を、オリジナル教材の基本形とする。
A写真ではなく、イラストを使うことで、情報の取捨選択を自由に行えるようにする。場面設定も、より自由度が高くなる。
B集団学習を基盤にし、そこで確認したポイントを足がかりにして、授業で学習した内容と日常の生活場面で行っている自分の行動を結びつけ、新たな気づきを生み出す指導方法と手立てを作成する。
C子どものわかり方の見立てを担当者の主観に任せず、共通の尺度として客観的に計れる教材にする。

 

 基本的な指導の手順は、次のようになっている。

@基礎集団を観察し、今、問題にして改善すべき課題はなにかを検討する。
Aその課題の集団理解と個人の修正可能性を十分に配慮して選択する。
B初めに授業として全体で学習し、確認ポイントを形成する。
    例:特別活動「マナー学習」など
C社会的スキル学習カードは、基本的に良い例(○)と問題のある例(×)の2種類を用意して提示し、○×を判定させるなかで、意識化を促す。
D学習内容をロールプレイにして、実際の行動を通してイメージ化し、理解を促す。
E集団全体で正しく○と×が判定され、ロールプレイで実感を持って確認できた事柄を確認ポイントとして押さえる。                        
FASDの子どもたちは般化が弱いので、授業で学習した内容と日常の生活場面が結びつけることが難しい。そこで、日常の場面で問題とする行動を行った時に、学習したイラスト教材をその場で見せて、自分の行動と学習した行動が同じであることを意識化する。
G新たな気づきを出発点とし、行動改善にむけた個別のプログラムへ無理なく結びつける。

 

 

             図17 学習モデルの構造
 指導の流れは、図17のようになる。指導上、特に留意すべき点をまとめる。
@子どもたちの意見を十分に交流し、ロールプレイなどの活動を取り入れて体験的に理解させるよう配慮し、豊かな「確認ポイントづくり」を行うこと。実際の生活場面に照らし合わせて、自分の問題として考える上でも、確認ポイントが結論だけを表面的に伝えられたものではなく、自身の思考をくぐって導き出した「納得できる行動」である必要がある。
A集団的学習で確認ポイントを作る時に、集団の多数派が間違うような質問をしてはいけない。ほぼ全員が正しく判断できる場面(しかも、特定の子どもは実際にはできていない)のカードを慎重に選ばなければならない。指導する場面の設定を正しく選ぶことが、このモデルにおいて効果的な学習が成り立つかどうかを分けるポイントになる。
B子どもが、実際の生活場面で気づかずに不適切行動を行っている時が学習のチャンスである。この時、集団学習したカードを提示して、子ども自身が自分の行動を振り返り、確認ポイントとなる行動と違っていたと気づくように支援する。ここで、結論を押しつけないように留意することが重要である。

 

学習モデルをまとめると、次の3段階の指導構成になる。

  第1段階
   小集団でマナー学習を行い、身近な場面での正しい行動の仕方をていねいに確 
  認する(確認ポイントづくり)
 
  第2段階
   学習(確認ポイント)と日常生活での不適切行動をメタ認知的に結びつけ、自 
  らの不適切行動に気づかせる。
 
 第3段階
   一人ひとりに会った個別指導で、実際に行動を修正する支援を行う。
 (ただし、本研究の学習モデルは、この中の第1および第2段階を対象とする。)

 

  繰り返しになるが、「自ら気づく」ためには確認ポイントの役割が大きい。日常的な生活場面で自分の行動が律しきれなくなったり混乱したりしても、確認ポイントに戻れば正しい行動基準がわかるように、きちんと納得・理解できている必要がある。したがって、確認ポイントとしての理解が弱ければ、指導をより慎重に行う(きちんと理解できるまで待つ)必要がある。本研究では、ロールプレイを用いて場面理解を補足する案を提示しているが、確認ポイントをより豊かに形成する工夫がさらに求められる。

 

3.2 教材(イラスト)の適切な抽出度
 基本的に、ソーシャル・スキル・アルバムの方法を取り入れて学習計画・教材づくりを進める訳だが、写真を使うことで生じる雑然とした画面を、状況理解に最低限必要な情報だけを抽出して、「必要十分」な情報抽出度を実現することを意図していく。
 具体的な場面や行為の理解が「誤解なく伝わる」ことが最優先であり、取材した場面が単純な構造なのか、一定複雑な構造なのかによって、セリフや登場人物、状況説明に必要な道具や背景の必要性が変わってくる。十分に絞り込んで、それらの要素を単純化し減らしていく配慮は必要であるが、まったくなくしてしまうことは理解する上で困難である。

 

 

              図18 イラスト教材例1
 例を見ながら、考察を進めていく。単純な行為の例として、図18「ズボンに手を入れる」を挙げる。このイラストならば、セリフは不要である。  

 

 

              図19 イラスト教材例2
 図19は、少し複雑な状況設定のイラストである。これは、後述する対人関係・基本のコミュニケーションという分類になるが、イラストだけでは、正しく意味を伝えることが難しい状況設定になっている。図19では、イラストだけでもなんらかのニュアンスが伝わるかもしれないが、文字を読める子どもは言語的な情報でより確実に場面理解ができる。これを、さらに絞れるか、なくしていけるかについては、実際に指導場面で検証していくことが必要であり、現状では今までの経験から推測しながら、自己判断で一旦作成していく。
 イラストを用いることによって、写真をそのまま使うことと比較すれば、容易に情報の抽出度を操作できることは明らかである。不必要な情報を排除しているので、見るべき情報を限定することが可能になる。状況が起こっているフレームをすっきりと理解できるので、問題の所在がつかみやすい表現になっている。
 登場人物の人数に関しても、検討の余地がある。「ズボンに手を入れる」の例では、1人の場面なので、よりシンプルに表現できる。登場人物が増え場面設定が複雑になれば、補助的にことばによる説明が必要になる。

 

3.3 気づきを促す工夫
 新たな気づきを生み出す工夫としては、やはりセリフと表情が大きな要素になる。それに加えて、行為の動作を大きく描くことで、注目するべきポイントを強調している。わかりやすい場面としては、図20のイラストがある。

 

 

            図20 イラスト教材例3
図20のような場面ならば、イメージしやすく、実際の経験から強く印象づけられているため、ほぼ正解を選べると予想できる。反面、新しい気づきを生み出すという点では、新鮮味がないとも言える。

 

             図21 イラスト教材例4
 図21の場面は、意外と意識されないことが多いため、2択に限定してどちらか正しい方(相対的によりよいという意味も含めて)を選ぶとなると、かなり幅広い子どもが「かたづける」を選べるのではないかと筆者は予想する。図20とは異なり、大げさな表情はつけていないが、かたづけている方の表情を「満足げに微笑んでいる」ように表現している。決定的なヒントにせずに、内容を見て判断する力を見るために、この表現を選択した。このように、「きっとこっちの方が望ましいのだろう。」と子どもにイメージさせるような題材を提示することによって、新たな気づきにつながると予測できる。
 まとめると、気づきを生み出す工夫は、次の2点である。
@日常生活そのままではなく、少し理想的で、目標になるような場面が想定できれば、積極的に取り入れること。
Aセリフ・表情・動作を、適度に誇張して表現すること。

 

3.4 カード教材とタブレット教材の必要性
カード教材は、集団学習で確認ポイントを作るときに必要である。マナークイズのような形で、黒板を大きく○と×のゾーンに分けて、2枚のイラストを比較して正しい場所に貼れるかを確認する。あるいは、指さしで判別できるかを確かめる。(図17参照)
 動作で答えられる形式であれば、言葉の力が弱くても意思表示できる。また、ルールが単純で、○と×に分けるだけなので、幅広い子どもたちが取り組める学習である。単純ではあるが、ここができるかどうかは認知学習が成立するかどうかの大きな分岐点になる。(図16参照)
 タブレット教材は、集団学習した場面に応じた行動の理解を、日常生活の自分の行動に結びつけるための支援ツールとして活用する。そのために支援者が携帯でき、すばやく学習したイラストを呼び出して、その場で子どもに提示できる機能が必要である。この要件を別の方法で満たすことができれば、タブレット教材は使う必要がない。
 集団学習で認知的に望ましい行動が理解できても、ASDの子どもたちはメタ認知が弱く、自分の行動と学習が結びつけにくい。気づかずに不適切な行動をしている時が、学習のチャンスである。ここで、学習した内容を提示して、自分のこととして捉えさせる必要がある。学習チャンスを逃さないために、タブレット(パソコンやスマートフォンも同じ)型の検索機能を持った携帯しやすいツールがあれば、学習効果が高められる。なお、ここでは、検索速度が大きな意味を持つので、少ないクリック数でイラストが提示できるデザインが要求される。

 

3.5 学校・家庭・地域で使える教材の整理方法(PALS操作パネル)
 3.4で述べたタブレット教材として、イラスト教材を場面ごとに整理し、円滑に検索できるシステムをPALS(Picture Action Leaning System)と名付け、ネット上で公開する。ネットならば、前述した条件をクリアしており、システム利用者にとって使いやすいと思われる。
 また今回の研究で、学校だけでなく、うまく絵で表現できなくて困っている支援者は大勢いるため、家庭や地域でもつまずきやすい場面を取材して、実際にPALSに取り入れることにした。取材の方法として、関連する文献から必要なスキル(場面)を抽出し反映させた。18)19)

 

                図22 PALS操作パネル
    注:上の5枚の資料は1つのページをつないだものなので、全部を合わせて1つの資料とみなす
 ASDの子どもたちが日常生活でつまずきやすい場面の例として、様々な文献から参考になる部分を抜き出して、本研究の目的に合うように再構成した。現在まで作成した検索画面を図22に示す。(PALS操作パネル)  
    http://pals4s.website/ ホームページを参照
 
 大きな場面の設定は、共通場面、学校場面、家庭場面、地域場面の4つに分類して、イラストの整理および検索の効率化を図った。縦軸の項目である小さな場面の設定に関しては、授業場面・給食場面・入浴場面など、はっきりとした区切りのある場面設定もあるが、時間や場所、活動内容といった条件設定だけで区切れる訳ではなく、「こだわり行動」という項目の中にある「パニック」を例にすれば、他の活動や時間的な枠付けがあったとしても、そこから突出する形で、新たな場面(パニックに陥る子どもとクールダウンさせようとする支援者のやりとり)が始まり、独立した場面(不適切行動の対応において対象とすべき場面)として提示する必要が生じる。
 したがって、パニックなどの指導場面は、活動の流れに位置づけられない関係として捉え、新たな分類項目を立てて整理する。物理的・時間的な区切りとしての場面設定のみでなく、課題的な項目が混合しているように見えるのは、突発的な場面が生じるという支援現場の実態を踏まえているためである。
 同様に、「友だち」、「先生」といった項目も、その人をめぐる不適切行動群を抽出して提示する必要があると判断したため、新たに項目を設定している。
 場面設定の分類は、学校現場で様々な不適切行動に直接対応してきた経験をベースにして直感的にまとめている。今後、より検索しやすい分類法が見つかれば、変更する。必要なつまずき場面の提示をスムーズに行えるように、適切に整理できており、検索しやすければ条件は満たされる。今後、使い勝手の向上を図って、場面の数を減らして統合していくこともあり得るし、反対により細分化した方が使いやすければ、そのように変更していく。場面の分類方法は、「体系化」というような理念や系統性に裏付けられることよりも、「より便利に整理している」ことを優先する。
 次に、表の見方を説明する。縦の項目は、学校生活での指導場面(または課題)となる。横の項目は、必要な力(指標)のカテゴリーである。指標については、以下のように考えて分類した。

@生活=生きるために必要な力
Aルール=集団で決定されたきまり
Bマナー=社会通念で求められる振舞い方
Cコミュニケーション=相手と意思疎通し合意を得る力
D受容性=自分の思いと違っていても、受け入れる力

 

 カテゴリー分けの1例として、「食事」に関して、具体的な教材を示してみると、次のようになる。「食事」を例にするのは、5カテゴリーがそろっているからである。

 

 

 

         表4 食事場面のカテゴリー分類

 

 このように、カテゴリーによって、問題とする視点を変え、場面ごとに必要なスキルが漏れ落ちないように配慮しながら編集する。どの場面とカテゴリーに、取り上げるべき不適切行動が現れるかという点は、文献の項目や場面設定を参考にすることはあるが、筆者自身のイメージに依存する部分が大きい。本当に、この設定で正しいのか。この表現で有効なのかといった客観的な根拠は乏しいと言わざるを得ない。だからこそ、より多くの支援者とつながり、意見や子どもたちの反応・要望などを取り入れ、分類方法もイラストの構成や表現も改良していく中で、客観性を担保していく必要があると考える。

 

 

               図23 3つのモード
 具体的に、操作パネルの検索方法を説明する。パネルは、場面分けと必要な力を縦横に配置し該当する学習内容が想定できる欄には丸印が付いている。(図22)この丸印をクリックすれば次の検索画面に進み、3つのモードからイラストを選択できる。(図23)3つのモードの違いは次のようになっている。

@シンプルモード
  2枚のイラストを選ぶことが難しい子どもに、1枚のイラストを提示し、正しい行動を確認するためのモードである。
Aノーマルモード
  この学習モデルにおける標準規格で、2枚のイラストを見て、事前に学習したことを思い出し、子どもに正しい行動を選ばせ、自らの不適切行動に気づかせるためのモードである。
Bクイズモード
  理解力に余裕があり、いろんな事例を見たいという好奇心旺盛な子どもが、楽しみながら自習できるようにデザインされたモードである。
 クイズモードは、子どもが楽しくなる配慮として音が鳴るようにし、クイズの雰囲気を盛り上げるようにした。選択画面(図24)で、どちらかのイラストをクリック(タップ)すると、「せいかい」と「あれれ」という結果が示される(図25)。そして、その判断のポイントになる点をさり気なく教えるようなコメントを付けている。コメントを読んで、自分から場面と判断の基準を結びつけて学習できれば、学びが大きく広がるになると予想される。
 

 

 

           図24 クイズモード選択画面

 

 

         図25 クイズモード回答画面(せいかい、あれれ)
 このように回答ページには、コメントが付いている。特に、「あれれ?」の方は、(強迫的にならないように)穏やかなタッチで子どもの気づきを生むように配慮した記述になっている。
 どのページからも、「ひとつまえにもどる」「トップページにもどる」のリンクから移動でき、操作性は悪くない。また、パソコン・タブレット・スマートフォンに対応しており、ネット環境があれば、どこからでも閲覧できるようになっている。さらに、ネット環境がない場所でも、Windowsパソコン・MACパソコンに直接ダウンロード・インストールすれば同じように動作するオフライン版も用意しているので、ほとんどの支援者が問題なく使用できると思われる。(オフラインでは、タブレットで起動させることができない。独自にアプリを組む必要があり、現状では技術が伴わない。)付属資料として、PALSオフライン版をDVDに添付する。

 

3.6 オリジナル教材(PALS)の開発状況とモニター取材
 現時点で可能な教材検証の方法として、ASDの子どもたちと接する機会がある人にインタビューをして、教材の課題を探る試みをした。
 2014年9月の時点で、共通場面・学校場面のイラスト教材が、一定数描き込めたので、個人的に依頼できる人たち(大学院教授・自閉症児の保護者・発達相談所スタッフ・特別支援専攻の学部生・院生など)にサイトを見てもらって、教材の主旨や使用法を説明し、意見や感想をいただいた。インタビューから抽出された意見の内容をまとめ、筆者が重要と判断した順に記載する。

 

@でなければならない(×に対して強迫的に恐れる)と思いこむ子どもがいるので、注意が必要である。(複数)

                ↓
 上記の人たちから最も多く指摘された内容である。特に、保護者やスタッフなど、直
接支援している人たちから寄せられた意見であり、ASDの特性を実感している人た
ちが一番に心配される点である。×をつけられることに対して、強迫的に過剰反応する
子どもたちは少なくない。パニックになって、一旦課題に嫌悪感を持ってしまうと、修
正するのが非常に困難である。子どもの理解力に合わせて出題し、できたことを肯定的
に評価し、自尊感情を高める配慮が必要である。
 今回、わかりやすさを追求して2択という形式に統一したが、あまり○×という評
価を意識させないように配慮は行った。シンプルモードとノーマルモードは、支援者が
提示するので、○や×は出てこない。支援者の言葉で、やさしく伝えることができる。
クイズモードに関しては、○×の記号でラベリングするようなことはせず、正しい判断
の基準を示唆するようなコメントを付けている。

 

A短絡的に問題行動を禁止するような使い方をする支援者が出てくるかもしれないので、十分に説明する必要がある。(スケジュールカードもそのように権威的に使われた経緯がある。)(複数)

                 ↓
   PALSを使った学習を通して、子どもが自分から不適切行動に気づくのが目的であり、支援者が×だと断定して行為を禁止するような使用法は、主旨を理解できれば起こらない筈である。PALSの目的を正しく伝える配慮が必要である。実用主義・成果主義的にイラストを用いて、短絡的に1つの答えを押しつけ、実行を迫るのは間違いである。説明(マニュアルなど)の部分を丁寧に書くことが必要であるが、どんな教材でも使  い方次第で、その意味が変わるため、なんらかの方法で注意を強化する必要がある。

 

B本人が困っていない場面(例えば、ズボンに手をいれる)は、わかりにくい。本人に困り感のある場面を考えてふやしてほしい。

                   ↓
  Bは、保護者から出された意見であった。マナーについての受け止め方は、保護者によって差が大きく出る。他人に迷惑をかけない範囲なら、本人任せでいいではないかという主張もあれば、逆に服装や言葉遣いなどの形式にこだわる保護者もいる。保護者自身の価値観が表れる部分である。
 では、「ズボンに手を入れる」=「性器いじり」(図18)は、どう捉えられるべきか。まだ、子どもが小さいうちは世間的にさほど気にならないかもしれないが、成長するにしたがって不適切度が増すと考えるべきである。子ども本人が困っていないから指導対象としなくていいという結論でなく、やはりどこかで問題にして、気づいてほしい行動である。本人が気づいていない、直接周囲に被害を及ぼさないが不適切な行動は、例えばマナーという括りで指導していく必要があると考える。

 

C認知的に理解できても、子どもの特性から容易に改めることができない行動も多い。ここでは、(気づいたら)すぐに直せることと、すぐには直せないこととを分ける必要がある。

                 ↓
 大学院教授からの意見である。これについては、まったくその通りで、ASDの特性として1.で押さえたように、こだわり行動が強く、認知的に「よくない」とか「格好悪い」とかいう形で理解できたとしても、簡単に改めることができないであろう問題行動は少なくない。これを、この学習モデルで扱うかということが問題になる。
 筆者の考えとしては、こだわり行動は修正が困難な課題なので、慎重に取り上げるべきだということになる。こだわりの程度を見極め、意識的にコントロールできる種類の行動かといった判定を行い、子どもの意思で修正できる課題のみを扱うべきである。はじめに、小集団でマナー学習を行う際に、グループ内の優先すべき課題を、支援者が選定する訳だが、この時点で、この配慮が必要である。
 課題選択の時点で、教員などの支援者に相当な力量が必要になるとの指摘もあったが、指導の手順や留意点を熟読すれば、その子どもの実態を身近に見ている支援者であれば、その判断はできるのではないか(できるはずだ)というのが筆者の見解である。

 

D支援者が提示して指導する目的と、子ども自身が自習で使う目的が混じっている。クイズモードを子どもが操作するには難しい。(複数)

                   ↓
 クイズモードのインパクトがどうしても強くなり、3つのモードが並んで設置されていることが原因だと思われる。シンプルモードとノーマルモードは、どちらも支援者が提示するためのものなので、クイズモードを同列に配するのはどうかという意味である。これは、単純に配置を工夫して分けていけば解決できるので改良する予定である。
 クイズモードが難しいということは、操作上の問題だと思われるので、子ども用の自習モード専用のリンクルートを設けて、操作画面も直感的にわかるようなデザインにすれば解決できると思われる。

 

Eイラストの意味(読み取り)が簡単なものと難しいものの差が大きく、どんな子どもを対象としているか、イメージしにくい。

                   ↓
 この学習モデルを構想した柱になるコンセプトが、「幅広い子どもたちが自らの不適切行動に気づくことができる」という点を重視しており、具体的には対象を軽度発達障害から、中度知的障害を伴うASDの子どもたちに広げようとする試みであった。
 現在、中度発達障害という言葉はなく、軽度発達障害とそれ以外の子どもたちという区分になっているが、集団学習が成立する軽度の子どもたちと、個別対応が必要なそれ以外の子どもたちという捉え方でいいのかという疑問が、本研究の根底にはある。SSTは軽度発達障害の子どもたちが対象であるが、実際にはもっと発達が低い層にも、工夫すれば集団的認知学習が成立する条件があり、実際に実践的に効果が見られた(特別支援学校実践で)ので、個人的には確信している。
 軽度から中度にかけての不適切行動の課題が混じっているので、支援者が取捨選択する必要があり、指導のイメージが絞れないという意見だが逆に汎用性の高い教材であるとも言える。意図としては、対象の幅を広げて、より実践的な教材にしようとしている。教材の特性のどちらの面を評価し、どのように扱うかが問われる部分である。

 

Fカラーにしないのか?その方が注目できるかもしれない。

                    ↓
 これは、今後の研究課題である。視覚情報の抽出度を調整して、状況を正しく理解できる必要十分なフレームを描き出すことをめざしているが、その条件の「すべての着色」は入らないと考えている。「何かが燃えている=赤・オレンジの着色で間違いなく伝えられるから必要」というように必然性のある場面での色提示でいいかと、現時点では考えている。これは、今後の研究課題である。

 

           図26 2択が適切でないイラスト例

 

 G2択では表せない(回答できない)複雑さを持った場面があるのではないか。
例えば、図26「約束を守る(時間)」の選択は、来たか・来ないかの2択だが、様々な理由が予想される中で、結果の正しさのみを選択するのはムリがある。

                   ↓
 問いの立て方が2択では難しいものがあることは間違いない。指摘されたイラスト(図26)では結果よりも途中の判断や対応をどうするかが重要だと思われる。この設定で2択ならば、ほぼ間違いなく「やくそくをまもる」を選ぶことになると予想できるが、これを選ばせることよりも、別の部分に教育的価値があるという意味であり、むしろ、結果だけに○×判定をすることは、こだわりを強めることにつながるのではないかと思われる。柔軟な対応ができるのではなく、逆に結果に執着する心配があるとすれば、こういった問いの立て方は問題があるとわかった。この観点を大切にして、問いを見直していく必要がある。

 

H2択の意図はわかるが、せめて3択とか、自由回答様式があるといいだろう。

                   ↓
 2択という形式は、発達的に低さがあっても、問いがわかりやすいことと、限定することで比較選択しやすく、新たな気づきを生み出せる可能性があると仮定して設定した。Gの意見とも関連するが、軽度の子どもたちには、「時間に遅れる」とか「行けなくなった」時の対応を自分で考えられるか、2択の枠外にある理由や解決法を、想像力を働かせて見つけていくことが課題なのである。
 PALS操作パネルでは難しい問いは色分けしているが、そのような対応ではなく、問いの立て方自体から、軽度の子どもたちには別枠の課題を設定する必要があるのかもしれない。幅広い発達の子どもたちに対して、一律の発問形式で対応することも確かに無理がある。この指摘は、教材の大幅な改造につながるものとして注目する必要がある。

 

 I×の方のタイトルを「〜しない」のような打ち消し表現にせず、少し視点をずらして肯定的な表現にできないか。

                   ↓
 否定的な表現を極端に嫌う子どもたちがいるので、単純な打ち消し表現ではなく、別の言葉に置き換える方がよいという配慮である。

 

            図27 肯定的なイラストタイトル例
 例えば、図27のように、打ち消し表現を用いずに、違いがわかるように提示すれば、○×判定に伴う強迫的リスクが軽減でき、取り組みやすくなるという意味である。この観点も重要なので、全体を通して見直しを進めようと考える。
 限定された条件の中で取材しているので、十分とは言えないが、インタビューという手法で予想される教材としての課題をまとめた。これらの質問や意見について、今後、実証的に改善していき、教材の完成度を高めていく。

 

4.  研究成果と課題
 本章では、1.~3.までの考察した研究結果を基にして、成果と課題をまとめる。本研究では検証につながる実践がないため仮説に対する考察が中心になるが、筆者の支援学校勤務経験をベースにして、より実践的な考察を展開する。

 

4.1  教材開発の成果と課題

 

4.1.1 教材開発の成果
 1.4本研究の目的に記述されている内容を元にして教材開発に取り組んだ結果、次の@〜Bのねらいに対して以下のような成果を得ることができた。

@指導対象の子どもを中度知的障害も含めて拡大し、指導対象事象も不適切行動全体に広げる。対象とする子どもと行動を広げ、支援の現場で起こっている多様な状況に対応できる実用的な教材を開発する。

 SSTの集団認知学習と不適切行動の個別指導を統合し、中度知的障害も含めた広範な発達段階の子どもたちを想定して、社会通念に基づいて自分の不適切行動に気づくための教材を試作することができた。
 教材開発にあたって、既存の視覚支援教材を調査・検討し、ソーシャル・スキル・アルバムの手法を採用した。写真ではなくイラストを用いることで、情報の抽出度を自由に操作して、問題を理解するための必要十分な枠組みを提示するよう試みた。2枚のイラストから、より望ましい行動を表した方を選択する形式によって、軽度発達障害に止まらない広範な子どもたちが理解できる教材を作成できたと思われる。
 これが本当に支援現場で起こる多様な問題状況に対応できるかどうかは、まだ検証できていないが、SSTと比較すれば確実に対応領域が広がったと思われる。不適切行動全体を取り込もうとしているので、身辺自立・健康維持・他害・自傷・こだわり行動なども教材化しており、幅広い事象に対応できるようになった。

 

A広範な子どもたちが、自らの不適切行動に気づくための学習モデルを試作し提案する。

 図17で示した学習モデルを考案し、47頁に示した3段階の指導過程を提案することができた。また、本研究が提案する学習モデルは、1〜2段階の部分を受け持つという位置づけを明らかにすることができた。
 指導上の留意点としても、確認ポイントの重要性や集団学習と日常生活場面をメタ認知的に結びつける重要性などを提案することができた。特に、確認ポイントを日常生活場面に結びつけて理解するためのツールとして、ネットを使ってすばやくイラストが検索できるPALS(併せてPALSオフライン版も)を開発することができたことは、小さくない成果である。まだ、コンテンツを増やす必要があり、改良すべき点もあるが、基盤となるシステムは構築できた。

 

 B社会的スキル習得における認知学習と行動療法の関係を整理し、指導の判定基準となる統一教材を提案し、支援現場の足並みをそろえる。

  1.3.4で述べた本研究の仮説Aの部分である。図16「認知学習と行動療法」にまとめたように、本研究で開発した教材を判定基準として用いることは可能であると筆者は考える。中度知的障害の子どもたちは、発達や認知の幅が大きいので、指標となる基準が必要である。こういった教材を使って、一人ひとりの理解の仕方を確認すれば、指導方針を正しく設定できる可能性が高くなり、同時に担当者の見立て自体も調整していけると予想される。
 実践は職場復帰後になるが、指導の原則が明確で実践に整合性のある学校(その他の組織)は、保護者にも理解しやすく支持されると予想される。本研究の提案が出発点になって、教員・スタッフの足並みがそろい、学校実践・組織運営全体が好転していけば大きな成果である。
 技術的な問題であるが、サイト作成においては、3層構造のサイトにして網の目のようにページリンクを張る必要があったため、作業を簡略化するツールを使用した。SIRIUSバージョン1.2である。
 このツールを導入することにより、簡単に内部リンクを作ることができ、作業がはかどった。また、画面を実際の進行具合をプレビューしながら編集する機能があったので、スキャナーで取り込んだイラスト画像を、思い通りにレイアウトできた。サイト作成の経験が少ない者にとっては、このようなツールはたいへん有効であった。

 

          図28 SIRIUS紹介ホームページ
 研究に取り掛かった時は、インターネットを利用し、自分がサイトを作るなどとはまったく考えておらず、何もわからないところから出発したが、いろんな人に教わり、なんとかホームページを作成できた。さらにコンテンツを増やし、多くの人たちに活用してもらいたい。そして、ネットを媒介として検証を深め、よりPALSの完成度を上げていきたい。

 

4.1.2 教材開発の課題
 本教材を試作する過程で出てきた課題@〜Bについての考察を記述する。

@SSTと不適応行動指導を統合したため、対象とする子どもの幅が広がり、支援者に高度な判断力が求められる。

 対象とする子どもの発達段階が幅広いので、いろんな子どもに使える反面、どのイラストがその子どもの課題にあっているのかは、支援者が的確に選択する必要が生じる。学習指導要領に記されているように(「はじめに」参照)、すべてのイラストを、すべての子どもに提示する必要はない。また、こだわり行動が強くて容易に改められないような行動も選ぶべきではないだろう。
 教材が汎用性を持ち、対応範囲が広がるということは、同時に使い手がうまく機能するように使わなくてはならないという課題が発生するため、61頁Eのような意見が出てきたと考えられる。
 しかし、支援者が力量を伸ばせば解決できる問題だと捉えれば、逆にチャンスでもある。例えば、利用者が集まれるネット上の広場(掲示板)のようなものを設置して、成功した例や失敗から学んだ教訓などを交流していけば、利用者同士で学びあえるし、制作者としては教材の検証ができることになる。ネットを通じて、ASDに関わっている多数の人たちとつながり、PALSの効果を検証していければ大きな意義がある。
 幅広い発達段階に対応しているので、基本的な(わかりやすい)イラストと、少し複雑で読み取りにくい状況を表したイラストを区別して提示する配慮も、支援者(教材利用者)にとって必要である。現状では、丸印の色を変えている。(赤=ベーシック、緑=高度、難しい、オレンジ=こだわり、性的で直しにくい)これで不十分であれば、また、別の分類方法を考える必要がある。

 

A2択形式で統一することに困難がある。

 63頁GHで指摘された課題である。中度知的障害の子どもたちを想定すれば2択形式で適当であるが、軽度発達障害の子どもたちを想定すれば、2択では物足りない。2択形式の妥当性は自閉度の高さにも、影響されるところが大きい問題である。
 本研究では、認知学習が成立するボーダーを探り、指導対象となる子どもを広げるところから出発したため、視点がより重度の子どもたちに向けられていた。改めて、軽度の子どもたちにとっての教材的価値を考えると、すべてが2択形式で統一されていることが不備であると思われる。別形式は、今後の課題として継続して開発に取り組む。

 

B指導内容に矛盾がある場合の対応策が必要である。

 イラスト教材と学習モデルを試作しているうちに、筆者は大きな矛盾に気づかされた。内容的に矛盾する価値観が共存する複雑な社会生活を切り取る以上、避けられない問題として対応策を用意する必要がある。
 例えば、次頁の図29と図30を比較すると、矛盾した価値観が示されている。

 

 

         図29 スケジュールに関するイラスト
 ここでは、毎日の日課をきちんと手順通りに実行することを教えている。このことは、学習指導要領にも合致している。(図29)

 

         図30 状況に応じた行動のイラスト
 しかし、日課を遂行することを教えた場合、それを一面的に理解してしまう傾向があるから、水やり当番(図30)のように状況に応じた変更が難しくなる(こだわりが強化される)可能性は否定できない。緊急行動のようなイレギュラーな場面が発生した場合は、さらに問題が大きくなる。

 

             図31 緊急避難のイラスト
 筆者は日課の遂行と状況に応じた行動のどちらも必要と考えて教材化しているのだが、緊急時に逃げ遅れるような子ども(枠に縛られて自分の判断で行動できない子どもの意味)を育てているのではないかという批判はあり、スケジュールや構造化といった基本的な指導方法が間違っていると言われることもある。
 こういった相反する価値観に基づく指導に関しても、発達段階と意味理解力とこだわり度を総合的に判断しながらも指導する必要あると筆者は考える。矛盾するからと言って、基本的なスケジュールに基づく行動やルールを教えないという結論は誤りである。一方で、イレギュラーな場面を想定して、緊急時に対応できる生活力や自分で判断する力も育てる必要があると感じている。
 その際に混乱を避け、認知的に受け止められるように基盤となる力が必要である。その力が欠如していることは、水やり当番の例にあるように、現実を見て状況を判断する力が育っていなくて、逆に「朝○時=水やり」というような機械的で形式的な理解が強い(そういった理解の仕方しかできない)ために、水浸しの花壇を見ても、行動を修正できない様子に端的に表されている。
 「朝○時=水やり」というマッチング的な理解ではなく、現実を観察して読み取った意味を、自分の行動にフィードバックする力(メタ認知など)が育たなくては、自律的に行動を選択することはできない。フィードバックする力が養成されれば、根本的な解決ができると思われる。しかし、その部分が弱い段階で、基本的な枠組みを作ることは不可欠であり、周囲の支援者が環境整備を行って、混乱を避ける必要があり、準備ができた課題から矛盾を含む場面理解にも取り組むという方法が、現時点で最も有効であると考える。
 矛盾した教育内容を扱う前提で、行動変容をめざす学習課題を決定する時、本学習モデルでは二重の安全装置を設けている。1つは集団学習でクイズやロールプレイをする時の行動観察で、対象生徒が理解できているか判断できる。理解が不十分なら、その時点で取りやめることができる。2つは、日常の生活場面と結びつける段階である。ここで、理解できなかったり、強い抵抗が見られた場合は取りやめて、理解を促しつつ様子を見るようにする。
 2つの条件を満たした場合に、具体的な修正プランを提示し、交渉しながら合意を作り出して実行していく。それくらい慎重な構えで取り組むべきだと考えている。こだわりが強い課題や矛盾を孕んだ理解が難しい課題は、特に慎重に対処すべきである。
 このように見ていくと、(正しく手順通りに進めれば)このモデルは子どもの主体性を重視した無理のないプランであり、同時に理解ができて抵抗の少ない課題は、1つずつ堅実にクリアしていこうとする方針が貫かれている。そのようにデザインしたのは、さまざまな考え方を持った多様な支援者が広く合意できるガイドラインを形成するためである。ガイドラインとしての機能を実際に果たせるかどうかはまだわからないが、諦めずに研究を継続し、実践データを蓄積し検証しながら完成度を高めていく。

 

4.2 今後の計画(実践と検証
  諸事情があり、本研究では教材開発の意図を理論的に裏付けしながら、実際に教材開発を行っているが、検証するという過程は含んでいない。
 勤務に復帰してからは、次の要領で研究を進める予定である。

  @社会的スキルが低く不適切行動が見られる多様な発達段階の子どもを対象として、本研究で試作した教材と学習モデルを使った学習を行 う。
 A次の観点で学習効果を観察する。
  ・集団学習で気づきが見られたか?
  ・個別学習でメタ認知的な気づきが見られたか?
  ・気づきから行動の変化につながったか?
  ・気づきから意欲の向上や行動修正の動機づけにつながったか?
 B子どもの反応から、教材の課題を見つけ、改善する。
 C行動修正のための個別指導が開始された場合、行動記録を採り、長期的な行動変容を分析する。その際、不適切行動の自覚、自律的解決、指導時の対応、不適切行動の頻度、葛藤の状況などの観点から、学習効果を総合的に測定できるよう配慮する。
 D事例研究を重ね、アセスメントと照合し、認知学習が成立する条件を探る。

 

 復帰するまでの期間は、検証ができないという弱点を補うために、ネット上で教材を公開し、広範な人たちの意見や実際に使った感想、どのように改善してほしいかという要望などを吸い上げる仕組みを構築しようとしている。
 現時点では、まだ作成中であり、意見を吸い上げるところまで到達していないが、インターネットの利点を生かして有効な意見を取り入れ、教材としての実用度・完成度を高めていく方向で準備を進めている。また、技術的な課題として、より高速なサーバーを運営する必要があることから、自宅でサーバーを立てられないか研究を進めている。併せてオフラインでも機能するように研究し、PALSオフライン版を開発した。
 現時点では本研究はデータで裏付けされない状態であるが、社会的スキルを高める実用的な教材があれば使ってみたいというニーズは間違いなくある。現状では、まだ十分整備されていないので、使いにくい部分もあるが、改良していけば現場で役に立つ教材になると確信している。
 そして、教材開発を通じて、社会適応に弱さのある子どもたちに関わる広範な支援者たちのネットワークが構築できればすばらしいと思う。本研究が、小さな枠にとらわれず、社会に向かって大きく開かれ、リンクできるものになることを願っている。
 また、英語版・ドイツ語版・中国語版などを作成できれば、文化の違いを加味した国際理解教育の教材としても機能すると考えられる。今後の課題として検討してみたい。

 

 

参考・引用文献
1)「特別支援学校 教育要領・学習指導要領」(平成21年3月告示 文部科学省)
  (第1章 総則、第2節 教育課程の編成、第1 一般方針、2)
2)「特別支援学校学習指導要領解説 自立活動編」(平成21年3月告示 文部科学         
  省)(第2章 自立活動の意義と指導の基本、2 自立活動の指導の基本、[2]  
  自立活動の内容とその取扱いについて、イ 自立活動の内容の考え方)
3)「自閉症百科事典」(ジョンT.ネイスワース、パメラS.ウルフ 2010 明石書店)
4)「自閉症教育基本用語事典」(2012 小林重雄監修 学苑社)
5)「高機能自閉症・アスペルガー症候群及びその周辺の子どもたち−特性に対する対 
  応を考える−」(尾崎洋一郎、草野和子著 2008 同成社)
6)「特別支援教育 実践 ソーシャルスキルマニュアル」(2013上野一彦、岡田智編
  著 明治図書)
7)「高機能自閉症・アスペルガー症候群及びその周辺の子どもたち−特性に対する対 
  応を考える−」(尾崎洋一郎、草野和子著 2008 同成社)
8)「自閉症スペクトラムとこだわり行動への対処法」(2014 白石雅一著 東京書籍)
9)「COMPACT64 ソーシャルスキル 早わかり」(2011荒木秀一 小学館)

10)「自閉症支援のための基本シリーズ2 不適切行動への効果的支援・対応法」   
  (2009 上岡一世編著 明治図書)
11)「自閉症児の困り感に寄り添う支援」(2007 佐藤暁著 学研)
12)「家庭と地域でできる自閉症とアスペルガー症候群の子どもへの視覚的支援」   
  (2009 ジェニファー・L・サブナー、ブレンダ・スミス・マイルズ著、門眞一郎
   訳 明石書店)
13)「子どもの発達と診断 3 幼児期T」「同書 4 幼児期U」(1989 田中昌
   人・杉恵 大月書店)
14)「写真で教えるソーシャル・スキル・アルバム」(2010 ジャド・ベイカー著 門
   眞一郎訳)
15)「パワーカード アスペルガー症候群や自閉症の子どもの意欲を高める視覚的支
   援法」(2011 アイリーサ・ギャニオン著、ペニー・チルズ絵、門眞一郎訳)
16)「ソーシャルストーリーブック 書き方と文例」(2007 キャロル・グレイ編著 
服巻智子監訳 かもがわ出版)
17)「CD−ROM付き グレーゾーンの子どもに対応したソーシャルコミュニケー
ションづくり 基本のスキル31」(2011 大森修編 明治図書)

18)「高機能自閉症・アスペルガー障害・ADHD・LDの子のSSTの進め方」(2013  
   田中和代、岩佐亜紀著 黎明書房)
19)「家庭で無理なく楽しくできる生活・自立課題36」(2011.9 井上雅彦編著 学
   研)
付属資料
 オリジナルイラスト教材集(DVD参照)
 PALSオフライン版(DVD参照)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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